アムリタ




聞こえてくるのは、ただ、遥か遠い神々のうた

堅く閉ざされた冥府の扉は、二度と開かれることはなく――

人々が大地に生み落とされるより前の、古の神々の物語。





アムリタ





「ねぇアテム、この手はどうかしら!」
「それだと、右の方ががら空きになるぜ」
「あー、そうか。難しいわねぇ」
「アンズじゃやっぱダメなんじゃね?俺に勝てるわけねぇって!」
「何言ってるのよ!ジョーノ!」
嬉々として二人が手にしているのはセネトと言われるゲーム盤だ。
あれやこれやと、様々な手を考えては楽しそうに遊んでいる。
ただ何をするわけでもなくこうして時が過ぎていく。
流れる時間があまりにもゆっくりで、穏やかなひと時に優しく目を細めた。
与えられた時間も長すぎて、退屈な毎日に欠伸が出てしまう。
「ちょっとアテム!私が勝ったところ見てなかったでしょう!」
「ああ、悪い悪い。へー、アンズが勝ったのか」
負けて悔しそうなジョーノとは対照的に、誇らしげに微笑んで、
次はアテムと勝負よ、と目を輝かせながら挑んでくる。
その言葉にいいぜと二つ返事を返して、ゲーム盤に向かった。
ふと、視界の端に捉えた意外な人物の姿に。
(へぇ・・・?)
「珍しいな、セト。お前もこっちで一緒にやらないか?面白いぜ」
アテムのその声に、その場にいた二人も顔を上げて視線を移す。
セトは時を同じくして生まれ落ちた兄弟神の中でも、特に冷静で、その姿を外に晒すことがほとんどない。
こうして皆がいる場に足を踏み入れること自体珍しいことだった。
「・・・別に、通りかかっただけだ」
その先にある部屋に用があるのだと、そう言って。
合わされた視線が、ふいっと気まずそうに逸らされた。
セトはここに在る者には珍しい白い肌に、深く澄んだまるで宝石のような青い瞳をしている。
とても綺麗だと思うのに、本人はそれを気にしているのか隠そうとする。
皆の前に姿を見せないのも、そのせいなのかもしれない。
「・・・セト?なんかお前傷があるけど大丈夫か?」
近づいて、その腕を取る。手首に赤く擦れたような傷痕が見えた。
「っ!!・・はなせ!」
俺の問いかけに、分かるほどびくっと身を怯ませてから、掴んだ腕を思いっきり振り払われる。
激昂したような切羽詰まったその声の荒さに驚いて、慌てて腕を離した。
「ちょっと!アテムは心配しただけじゃない!そんなに怒らなくても・・・」
「いいんだ、アンズ」
きっと何か、気にでも触ったんだろう。
こうして言葉を交わすことすら珍しい上に、
もともと、その肌に人の手が触れること自体を嫌がった。
「・・・・っ」
何故かすごく泣きそうな、傷ついた様な表情を一瞬見せてから、足早にその場を立ち去っていく。
それがすごく気にかかって、後ろから声をかけた。
「セト?」
振り返ってこちらに向けられた表情はもう、もとの冷静さを取り戻していて。
「・・・なんだ?」
「あ、いや、なんでもない・・・」
「・・・・・・」
くるりと踵を返して行ってしまう。
何故だろう。とても気にかかるのに、聞けない。
あの腕の傷の事も。
きっと聞いても、素直に答えてはくれないだろうとは分かっていても。

先程垣間見せたあの辛そうな表情が、自分の中でどうしても気になって仕方がなかった。









(驚いた・・・)

呼ばれて、用がある部屋に行くためには、広間の前を通らなければならなかったけれど
まさか見つけられるとは思っていなかったから。
凛とした覇気のある、よく通る声。
急に名を呼ばれて、息が止まるかと思った。
苦しいほどに伝えてくるこの胸の痛みは一体なんなのだろう。
目を、逸らすことくらいしか出来なかった。
自分には、その光は眩しすぎて。
屈託なく向けられるその笑顔が。
(・・・っ)

他の兄弟と一緒にいる時のあいつは本当に心から楽しそうだ。
あの瞳が笑うのを自分は遠くから見ていることしか出来ないけれど。
こちらを気遣って話しかけてくる事がある。
けれど先程のようにいつも傷つけてしまうばかりだ。


心臓が痛い。

あの笑顔を思い浮かべるだけで、悲しいわけでもないのに涙が滲む。

辛くて、苦しい。

この感情は、自分に一体何を伝えようとしているのだろうか。