青の軌跡2




東部での任務の忙しさは、ロイのことを想う時間を忘れさせてくれた。
それが何よりも、今のエドワードにはありがたかった。

異民族が混じり合う国境付近は特に警戒が必要で、エドワードは東部の、それらを守護する任に就いていた。
小規模な紛争や、セントラルを狙うテロ活動は後を絶たず、そのすべてを鎮圧するのには数年の月日がかかった。
ようやく、落ち着いた時間がとれるようになってきた頃・・


「失礼します、エルリック中佐」
ノックとともに、司令室に入ってきたのは自分の補佐役でもある青年将校だった。
「ヒルベルト少佐、どうかしたか?」
「軍本部より伝令が。」
言われ、渡された白い封筒。
『エドワード・エルリック中佐殿』と書かれたその字には、見覚えがあって・・
(―――ロイ・・
中を、確認しながらうつむいてしまったエドワードに心配そうな声がかかる。
「大丈夫ですか、中佐・・」
「・・あ、ああ・・すまない・・」
覗き込んでくるその眼差しに、ロイの面影が重なる・・
あの人のような野望に満ちた焔はないけれど、
いつも自分を守り続けてくれた、その優しさが、どこか似ていて・・
「ヒルベルト少佐、怪我はもう平気なのか・・?」
自分を庇って、テロ犯の銃弾に倒れても、彼は『貴方が無事でよかった』と笑う。
「頑丈に出来ていますからっそれよりも本部からはなんと・・?」
「ロイ・マスタング中将からだった・・・
こちらへ、戻ってきなさい。と―――」

「そう・・ですか・・」
「いずれ後任の指揮官がくるそうだ。暴動が一旦鎮圧化したからということらしい・・
お前には、世話になった・・」
カタンと椅子から立ち、窓の外に視線を移す。

「貴方以外の指揮官など・・」
背中越しに聞こえてくる声。
「・・私・・は・・・っ」
胸の中に抱きしめられても、思いだすのはあの人の腕のぬくもり。
目を閉じれば、あの人に抱かれている気さえして・・
離れれば離れるほど、想いはただ募るばかりだった・・・
「頼むから、それ以上・・言わないでほしい・・・・
私はそこまで、そんな風に思ってもらえるほど綺麗な人間じゃないんだ・・」

「――――っ中・・佐・・」
時折、泣きそうな顔で笑うその瞳が、自分を通して違う誰かの影を追っていると、うっすらとわかってはいた。
分かってはいたけれど、放ってもおけなかった。
まるで捨てられた子猫のように小さく震えているように見えて・・
けれど、ひとたび任務に就けばその指示は正確で、逆らうすべてを許さない圧倒的な戦闘力だった。
常に自分が最前線で、一番危険な位置にその身を置いて――――
傷ついていくその様が、自分にはどうにも耐えられなかった・・・
ただ・・

「どうか・・・・お元気で・・」
守りたい。と













それから三日後、自分はセントラルの軍本部にいた。
急な召集から、引き継ぎを済ませ、再びこの地に着いたのは今朝方のことだ。
どんな顔をして会えばいいのかと、らしくもなく考えながらその扉を開ける。
「失礼します。ただいま東方任務より帰還いたしました。」
「・・おかえり・・鋼の」

数年振りに聞くその声色にドキリとする。
「―――その二つ名で呼ばれるのは久しぶりだ・・」
腕の中に抱かれて、ロイの体温が伝わってくる。
何も変わってない・・・自分はあの時から、時がとまったままだ・・・・
「・・・っんっ」
上向かされ、唇を塞がれた。その息苦しさに吐息がこぼれる。
「ロイ・・待っ・・痛っ」
そのまま抱き上げられたかと思うと、抗議する間もなく、乱暴にソファに放り投げられた。
「っ・・・何す・・」
合された視線、瞳の奥に淀んだ昏い焔の影に怯える
掴まれた腕が・・
「っ何だ・・よ・・」
掴まれた腕が痛い・・
「・・・あの男とは・・・寝たのか?」

「―――――っ!」
一瞬、頭が真っ白になった。
ロイが何を言ってるのかわからなかった。
「何・・言って・・」
「東部でのことを私が知らないとでも・・?」


貴方を、想わない日はなかった。
想えばこそ――――


「・・・・っはは・・・・」
もう、乾いた笑いしか出てこない。
「・・エドワード・・?」


きつく睨み上げる。
これが、最後のチャンスかもしれない。

「―――――もしも、寝た。と言ったら、どうするんだ?」