向日葵8




抗う術など、あるはずもない。

「…!!」

視界が歪み目の前がぐらり、と反転する。
天井を瞳に映した次にはもう、宙を浮いたと思った身体が重力に従ってドスンと、勢いよく背中から叩きつけられた。

「…うっ、……」

その弾みで手の中に握っていた懐刀が乾いた音を立てて遠くへと転がる。
ズキズキと軋む様に頭蓋から直接響く鈍い衝撃に、驚きのあまり見開いた視界が白く霞んだ。
背に感じる畳の感触。上から覗きこんでくる姿をぼんやりと捉えて、飴色の瞳をわずかに細める。

「……察したか…」
「…まぁ、これでも一応四国を預かる身なんでな…」
「………」

あの程度のことで討ち取れる程楽に済む相手ではないことは、己が一番良く知っていた。
無防備に仰向けにされた四肢を抑え込むように、身体の上に圧し掛かってくる元親の重みに息を詰める。
力でも、体格差でも、こうなってしまっては圧倒的に不利だった。

「退かぬかっ、この…」
「ちょ…暴れんな、って…話聞けよ…! あぁもう、仕方ねぇな…っ」
「?! 何、をするか…やめよ、っ…離さぬか!!」

拘束された手足に自由はなく、元親の手によって両手首が頭上高くで一括りに縛られた。抗おうと力を込めれば、帯布にきつく擦れて鬱血した箇所が赤く痣を作る。

「…愚劣っ…な…」
「落ちつけって…痕になっちまうだろうが…」
「貴様と…話すことなど…っ」

身体の自由を奪いつつも諌めようとする右腕に、力では敵わないと分かっていながらもぎりぎりと爪を立てた。

「痛っ!…てぇ…っとに、やってくれる…」
「斯様な下衆な真似…今すぐにはずせ!」
「アンタがおとなしくしてくれんなら、こんな事したくねぇんだけどな…」
「…っ……」

立てられた爪先が元親の手の甲に赤い筋を作った。昏い熱を孕んだ視線が互いにぶつかり合う。
睨みあったまま微動だにせず、沈黙がゆっくりと時間を支配していく中、その静けさを破るように先に口を開いたのは元親の方だった。

「俺を殺さないとならねぇか…? もうちっとこう穏やかに、…例えば同盟とかよぅ、歩み寄ろうって気はねぇのかよ?」
「……あり得…ぬ」
「あ?」
「我と貴様の間に…和議など、成り立つはずもなかろう」
「あのなぁ…」

いっそ命乞いでもしてくれるものなら、まだ可愛げもあるというもの。
絶対不利のこの状況下でも怯むことなく腕の下から毅然と睨み返してくるその姿に、感嘆すら覚えた。
軽い眩暈がして、盛大に溜め息を吐きながらわしわしと白銀を毟る。

「っ…!!」
「ひとつ言っとくが、俺ぁいつでもこうして…」

アンタを縊り殺せるんだぜと、元就の細い首元に当てた指先に軽く力を込めた。ひくりと白い咽喉が息苦しさに反り返って、苦痛に歪んだ口元から浅い呼吸が聞こえる。
それでも揺らぐことのない頑なな光を宿した双眸に、やれやれとでも言わんばかりに指の力を緩めた。

「…っ、……憂いの元は、…断ち切らねば…」
「それが、俺、ってぇわけか」

かつてこれ程まで懐深く入りこんできた輩は記憶になく、どう対処したらいいのか元就自身にも分からなかった。自らのことも、知られたのならばその口封じる他、思いつかなかったのだ。
謀神とまで畏怖されたにもかかわらず、目の前の相手のこととなるとまるで上手く立ちまわる策が見当たらなかった。己の事ながら苦笑するしかない。

「……鬼の、目に何を映すか…」

鬼に喰われては、この身も無事では済まされまい。
いつから自分は、この目に捕まってしまったのだろう。きっと、死を覚悟した、無様にも我が身を晒したあの時からか。

「………」
「毛利…?」
「……或いは、…我自身やも……しれぬ、…」

ただ静かに微笑ったまま逸らされることのない瞳で低く呟かれた言葉は、暗にそれが元就の本心なのだと伝えていた。
真に厭うてきたのは女に生まれついた己自身なのかもしれないと、まるで他人事のように淡々とした口調で、冷やかな表情を崩すことはない。

「毛利よぅ…アンタそれでいいのか……何のために今まで…」
「中国の安寧が守られるのであれば、…我が身など、易いものよ。所詮駒の内にすぎぬ」
「――…っは…ははは…っ」
「…何が、可笑しいか」
「……笑わずにいられるかよ……一体何処に、…置いてきちまったんだろうな……てめぇの心は…」
「…っ――、…戯れ言を……我が首級は、安芸毛利を制圧する名目になろうぞ…」
「馬鹿言うんじゃねぇ!」

些か怒気を孕んだ声色に、腕の中に見下ろした細い身体がびくりと小さく震えたのが分かった。

「…っ何…」
「全然、良くねぇ……アンタどうして、っ……」

どれだけの兵を犠牲にしても構わないと言う、その中には己自身も含まれているのだとも。
ぶっ倒れるほどひどい傷を負っているのに大したこともない、触るな、そのまま放っておけ、と。その身に触れられるのを、傍らに誰かが在るのをひどく嫌がった。
まるで他人と深く繋がるのを、拒むかのように。

(ああ、そう、か…俺は…)

此処まで来て今更に気が付いてしまった。どうしても元就を放っておけなかったその理由に。
虚をついてこぼれ落ちたあの涙は、きっと嘘ではないと思うから。

(俺は、……)

今までに、どれほど辛い想いを抱えて、どれだけのものを犠牲にしてきたのか。
それでもその細い肩で毛利という家名と、広大な領地、そしてそこに営みがある者の命。それらの重圧を、すべて支え続ける。
――心を削って、その身ひとつで。

(人一倍、寂しがりの癖してよう…)

「辛ぇなら…、声に出せ…もう少し別な生き方も出来るだろうがよ…。お家の為だってんなら、何も戦線に立たなくても…」

戦禍に身をやっしても尚、損なわれぬ高潔なまでの美貌、毛利程の家柄の姫だ。親戚縁者、或いは然るべき大名筋から婿を取っても良かった筈だ。
何故、そうしなかったのか。

ふと、安芸からの書状を目にした時の信親の言葉を思い出した。

『毛利殿は幼少時に母君を、次いで父君、兄君と立て続けに亡くされています。後、重臣の謀略による御家騒動で家を追われ、元服までに大変なご苦労をなされたと聞き及びました。当時は、その…お命すら、危うかったとも』
『それは穏やかじゃねーな…。血の近い奴は誰も残ってねぇのか?』
『…唯一残っておいでだった妾腹の弟君も、過日謀反を企てたとして首謀者を含む一門すべてを粛清されておいでです』
『謀反……自らの手で弟を、か…』
『ええ……。辛い立場におありでしたでしょうに…』



「貴様に、……何が分かる」

思考を遮るように返された言葉は、感情が消えてしまったのではないかと思えるくらい、冷たく掠れた小さな声だった。
腕の下で真っ直ぐに見上げていた双眸が、言葉に詰まるように僅かに揺らぐ。
潤んだ瞳を慌てて逸らす様に伏せられた目尻が、じんわり滲んでいるように見えた。

「毛利…?」
「……っ」

問いかけた声に自嘲気味に口元を歪ませて、小さく息を吐いてからゆっくりと元就が口を開いた。何処か遠くを彷徨う視線に、普段の覇気は感じられない。

「我は…、…子が成せぬ…。月の障りも来ぬ故そういう病だと、侍医に言われておる。……子を孕めぬ女子など、…何の役にも立たぬと、人質にも出来ぬ姫など無用と、一度は家を追われた身ぞ…」
「……何、…だ…それ…」
「不具の身だと嘲るがいいわ…元より我には、この生き方しかあらぬ。頭の悪い貴様でも分かるであろう? …斬るがよい……もうこれ以上恥をかかせるな」





『なんという…このような惨い仕打ち、…杉は悔しゅうて悔しゅうて…松寿様がお可哀想すぎまする…』

城を追われてからはそれこそ、ひっそりと息を潜め身を隠すようにして生きてきた。
何度断とうと思った命か分からないほどに。
けれど側に、母と同じく慕う人が常にいてくれたから、血の繋がりもない自分に見返りすら求めず一心に尽くしてくれたから、だから、出来ることなら彼女に報いたかった。
ただ、それだけだった。

『お探しいたしました…松寿様』

目の前に仰々しく膝をつき、深々と頭を垂れる毛利の将が平然と言ってのける。
これよりは全てを欺き偽りの器で在れと、毛利家の当主として迎えに来たのだと。

『ふふ…はは…は………ふざけるでないわっ!! 斯様な辱しめ、耐えられると思うてか!!』
『松寿様…っ成りませぬ…どうか、お静まりを…っ』
『……貴様、良くもその様な世迷言、我の前でのうのうと言えた物よな……命が惜しくはないと見える……望み通り、その首叩き斬ってくれようか!』
『怖れながら、松寿様の智略は天賦の才にあらせられる。どうか何卒、御心を強くお持ちください……これはお父上様方のご遺志にござりますれば……この清水、命も賭けましょう……何卒』
『……世迷…言を……っ!』


まるでままごとと戯れるように、文机に広げた戦絵巻の戦況を読み解き、的確に指示を連ねた己のことを父も兄も目を丸くして見ていた。

『なんと、松寿は聡いのぅ。いずれは興元の隣に並び立つやもしれんな』
『これは心強い事…楽しみにしているよ、松寿』

そう言いながら二人とも手放しで喜んでくれた。
不具の身なればこそ、兄の役に少しでも立てればと独学で兵法書を読み漁った成果だった。
その二人が倒れ兄の子も幼き今、いくさ場に立つ器にあるのは、毛利宗家の血が遺されているのは我が身しかないということも。
後世に血を繋ぐことも出来ない、この身、ひとつしか。

『…天賦の才、とは……我が兄よりも、…と申すか』
『……怖れながら…』
『女である我に仕えると申すのか…』
『…お許しいただけるのであれば』
『我を主と…』
『…御意に』
『………』

なんと滑稽なことだろう。
母から手渡された懐剣をきつく握り締め、ゆっくりと鞘から刀身を引き抜く。
何もかも放棄してこのまま咽喉を突けば、己はこの血より解放される。
けれども――

『……』

手にしていた短刀の刃をくるりと返して、髪に当てる。そのままぶつりと肩の高さ辺りで切り落とした。
『綺麗な髪ですもの、伸ばしたらいいわ』と、優しく微笑んで梳いてくれた母の思い出ごと、すべて。
修羅の道を選んだ自らの手で、何もかも断ち切ったのだ。
いくら蔵書を読み、智略を蓄えたとて、それはあくまで机上の空論でしかない。
これまで女として生きてきた自分に人を斬る覚悟などあるはずも無く、初めていくさ場に立った時のことは脳裏に焼き付いて今も忘れることはない。
人が絶命していく瞬間を幾度となくまざまざと見せつけられて、とても正気ではいられなかった。
身に受けた傷は苛み、摩耗した精神に蝕まれるくらいならば、それこそ要らぬものと心など自ら焼き切った。

己の生きる道は、この先も毛利家当主という武人としての道しかあり得ない。
どこまで進んでも交わる先が見えぬのなら、結局はどちらかが果てるしかない。終局も無く捨てたも同然の命ならば、もはや希みなど抱きようもなかった。

(そう、…どちらかが果てるまで…)

戦場でついえる命なれば、それも本望だというのに。


自分の言葉に、逡巡しながら苦悶に歪んでいく元親の顔を不思議と見上げる。

(……げに優しきは、人に非ず………鬼、であったか……)

陽のように笑う顔に、惹かれたのも事実。
遠くからただ眺めているだけにすぎなかったが、陽だまりの中にでもあるような元親の屈託なく笑う様子は、どこか元就を安心させた。
西海の鬼だなどと呼ばれながらも、壊れ物でも扱うように優しげに己に触れるその手の内に倒れるのならば、それもいいか、とさえ思えたのだ。
そうすればもう…、

(…到底……許されぬ…)

望み得ぬ熱に焦がれて、捨てたはずの心が、ひどく揺らぐことも…ないだろうから。

「死すべき場所があるのは幸せなこと……ひとり、惨めに生き残るよりもな」


何に想いを馳せているのか、静謐さを湛えた瞳が揺らぐ。たまらず目の前の細い肢体を腕の中に抱き込んだ。

「毛利…」
「…っ」
「…悪い…アンタを傷つけるつもりはねぇ…ただ……」
「離せ、…っ」

腕の中でもがく身体を殊更きつく抱きしめる。
許される自由などないと、何もかも諦めるためには、これまでどれ程辛い境遇を生き抜いてきたのか。
だが国主としてそう割り切るのが当然の事だと元就は言う。身を刻む傷はどこまで業が深いのだろう。

「この手を退けよ…二度ならず三度までも、我を愚弄するとは…」
「違う……」
「何が…違うと…」

晒された白い背を目にした時に、漠然と纏まらなかった考えが一つに繋がった気がした。
己の身の保身を第一に考えるような武将であれば、駒と呼ばれた兵もきっとどんなにか楽であったに違いない。
先の厳島の大戦では、自軍の数倍以上に匹敵する敵軍に怯むことなく、相手方の陣が崩れた所を先陣を駆けて斬り込み、敵総大将を討ち取ったのだと聞いている。
兵の士気を高めるために味方の船をすべて下がらせ自らの退路を断ち、その身に幾つもの傷を受けてまでも。
神域に在りて、神の怒りに触れなかったと。厳島の加護を受けた者として、毛利の名が乱世に広く知れ渡った大きな戦だった。

(神様と取り合いする気にゃならねぇけどな…)

だが、ただおとなしく黙って渡す気にもならない。
本来であれば城中奥深く、皆に傅かれて大事に育てられていた筈だろうに。
それこそあんな傷とは無縁であったろう。
白い肌に幾つも刻まれた痛ましい傷痕を思い出した。そして自らの手で触れた滑らかな肌の感触も。

「…本当に、しょうがねぇな俺も……。賊だなんだと、さんざ格好つけておきながら、肝心な時に何の役にもたちゃしねぇ……惚れた女の一人も守れねぇで、いいわけねぇだろう」
「………はっ……貴様…気でも…触れたか……? …その様な狂言で、我を謀ろうなど…」

一体目の前の男は何を喋っているのだろうと思いつつも、向けられた余りにも真剣な元親の眼差しに、一瞬言葉に詰まる。

「――…っ」
「信じようが信じまいが好きにしな、俺ぁアンタに惚れてる。そりゃあもう、今すぐにでもモノにしてぇぐらいにな」
「何…っ」

元就の両手首を頭上で拘束したまま、組み敷いた身体の襟元から覗く細い首筋に鼻先を埋める。
柔らかい肌の感触に歯を立てるようにきつく吸い上げると、鮮やかな朱色の痕がくっきりと浮かび上がった。

「抱きてぇ…毛利…アンタすげぇ良い匂いするんだぜ…?」
「っ!…やっ…め…」

驚きとともに上がる拒絶の声。そのちりりとした痛みに反応するかのように、腕の中で強ばる身体が微かに震える。

「悪いな、今回ばかりはやめてやれねぇ。アンタがいらねぇって捨ててきたもん全部、俺が貰い受ける」
「…っこの…賊…風情が! よう、見るがいい……幾重もの傷にまみれ、痩せ細ったこの身では、興も削がれようぞ」
「アンタいい女だよ…この俺が惚れたんだから、間違いねぇ」
「馬鹿を、言うでないわ…っ」
「ああ、海賊だからな、欲しいモンは諦めねぇ。俺ぁアンタが欲しい…、それだけだ」
「…信じ…られぬ…っ斯様な、…!!」

きつく抱き締めたせいで上がる非難の声を、噛みつくような口づけで奪う。

「――っ!!」

何が起こっているのか訳が分からないと、驚きに見開かれた双眸を無視して、より深く。
引き結ばれた唇を甘噛みして舌を滑り込ませる。元就の逃げ惑うそれを絡め取り、柔らかい感触を味わう度に甘く掠れたような吐息が零れた。

「はっ………ぁ……っ」

抵抗するかのように振りほどこうとする指先がふるふると小刻みに震えている。苦しげに伏せられた睫毛も小さく痙攣していた。角度を変えて何度も何度も貪るように吸いつくす。
その身にもたらされる熱で薄っすらと頬が上気して、目元には息苦しさからか涙が浮かんでいるように見えた。

「…っ……っん…」

思う様口腔内を蹂躙し終わってから腕の力を緩める。ようやくの解放に飲み込み切れなかった唾液が頬を伝って滑り落ちた。

息苦しさと纏まらない考えにかゼィゼィと肩で息をしながら見上げてくる、潤んだ双眸が放つ壮絶な色香に、元親の中の雄が熱を孕んで努張していく。
暴れる腕を押さえたまま、小袖の裾を割って掌を滑り込ませる。夜目にも眩しいくらいの白い太腿が露わになった。
下から撫で上げれば、恥ずかしさにか顔を背け、漏れ出る喘ぎを噛み殺す仕草がいじらしくて堪らない。
今すぐにでも貫きたい、猛る気持ちをどうにか押しとどめながら、ことさら丁寧にただ優しく愛撫を与え、徐々に慣らしながらゆっくりと開いていった。
――厳島の至宝
いつか必ず、手に、いれると決めた。

「好きだ、…毛利」
「…あっ!」

戒めた両腕を解き、身に受けた傷も、疎ましいと嘆いた女の身も、その全てが自分にとって愛おしいのだと伝わる様、
ありったけの想いで、その手に元就を抱いた。

















ドンっと敵襲を告げる大筒の音が、真っ暗闇を切り裂くように辺り一面に鳴り響く。
俄かに騒ぎ始めた要塞の様子を横目に見ながら、元就はさくさくと砂浜を歩いていた。海岸沿いに点々と、帆船に灯された無数の篝火が瞬いて見える。
柔らかく肌を撫ぜる海風が、火照る身体には心地良かった。


「…っなん…だ………もう…り?」

騒ぎに引き戻され、気だるさの残る中眠い目を開ければ、近くに元就の姿が見えない。
すぐ傍らにあるはずの温もりが忽然と消えてしまったことに妙な胸騒ぎを覚える。
たえず鳴り響く砲撃の音にも、ただ不安だけが募っていった。

「一体どうした! これは何の騒ぎだ」
「あ、アニキ!…あれ、見てくだせぇ!…海岸沿いに、すげぇ数の船です。…旗印、は……アニキ?!…何処、行くんすか!!」

部下の報告を聞くよりも早く、その身を翻して走り出す。旗印など見ないでも分かるほどだった。

「…あいつ何処に」

それはきっと、真白い帆に鮮やかに描かれた、一文字参星紋。


黎明の薄暗がりの中、砂浜にぼんやりと佇む元就の姿を見つける。昇陽がゆっくりと海面を眩く照らし始めていた。

「毛利!!」

背を向けたままスッと右手を高く掲げる。まるで戦を始める合図かのように、毛利軍の弓兵の矢の矛先が一斉に四国へと向けられた。
空高くぎりりと弓を引く音に場の緊張感が徐に張り詰めていく。

「…毛利…」

再度の問いかけにゆっくりと元就が振り返った。白皙の美貌はいくさ場にあって尚、より一層輝きを増すようだった。海岸線から降り注ぐ日輪の光に照らされていく元就の姿は、神々しいと言う他にない。
やはり互いに歩み寄ることなど不可能だったのだろうか。それでも自分は、目の前に在る人を傷つけたくなどないのに。

「……つくづく、阿呆な鬼よの」
「…あ?」

矢の雨が降り注ぐことはなく、掲げた右腕が下げられ、元親に向けられた弓も全てが降ろされた。
元就を迎えに来たのであろう小舟から数人の武人が駆け寄ってきた。どうやら浅瀬に到着するまでの威嚇のための時間稼ぎだったようだ。

「元就様!…ご無事で何よりです」
「大事ない…急ぎ、安芸へ戻る」
「はっ…攻撃の命は…」
「聞こえなんだか? …安芸へ戻ると言うた筈だが」
「御意に…!」

大の男が揃いも揃って気圧される、圧倒的な気迫に息を呑んだ。
やはり中国の大毛利をその腕に纏め上げるだけの事はある。何とも厄介な相手に惚れてしまったものだと、今更ながらに肩を竦めた。

「……おって後、使者を参らせる故…」
「…へ?」

一体なんのことやら分からず、思わず間抜けな声で聞き返してしまう。

「……和議を…成すのであろう…」

何のことだか分かっていない自分に、どこか憮然とした表情でそれだけ小さく言って、ぷいっと顔を逸らして背を向けてしまった。
けれど耳元が薄っすらと赤く染まっているように見えて仕方ない。言えばきっと猛烈に怒るだろうが、隠す様に背を向けたその仕草が堪らなく可愛かった。
そのまま臣下が待つ方へと踵を返して歩いていこうとする元就を引き止める。

「待てよ、おい!」
「っ?!」

右腕を掴んで引き寄せ、振り返り様に問答無用で腕の中にぎゅうと抱き締めた。
やろうと思えば、あのまま寝首を掻くことだって元就になら出来た筈だ。込み上げてくる嬉しさに思わず顔が緩む。

「…それ、本当か、毛利!…アンタ本当に可愛いなっ」
「なっ…何をするか、この…離せっ!! 意味が分からぬわっ!!」

案の定、激昂しながら振り払おうとする元就の身体を名残惜しげに離して、後ろに数歩後ずさる。

「…今日のところは帰してやる。だが、いつか必ず…アンタを攫いに行く」

それが海賊の流儀だと、覚悟しとけと言わんばかりに口元にニカリと笑みを浮かべた、その不遜な態度に、形のいい柳眉を思いっきり顰める。

「…阿呆、が…やはり貴様は、死ぬがよかろう!」








ここらで一区切り!
管理人の歴史の知識は、WIKIを斜め読みした程度なので、可哀想な子!と思っていただけると幸いです・・・
実は当初前編後編くらいの短さで考えてた話だったので、まさかここまで尺が伸びるとは思っておりませんでした・・・ だってこれ、ただの馴れ初めなんです・・・よ・・・orz
書き始めた当初がアニバサ壱を見てた影響で、時間軸がそこら辺かなー?的な簡単なノリで決定されました・・・ この後きっと同盟組んだり、なんだりかんだり色々あって、現代に転生して、むにゃむにゃってところまで 薄っすら妄想しておりましたが、あまりの無謀っぷりに諦めました/(^o^)\ 燃え尽き感半端ねぇ

ここまでお付き合いいただき本当に感謝いたします!長々とありがとうございましたっ
いただいた暖かいコメントに何度救われた事かっ! また機会がありましたら、どうぞよしなに、宜しくお願いいたします!