黒雛5
初めてロイの家に連れてこられてからもうどれくらい経ったろう・・。
季節が四度移り変わって、また寒い冬が来ようとしている。
機械鎧の接合部が、冬の寒気にきしりと小さく震えた。
「・・・遅い・・な」
待ってるのは嫌いだ。何時になっても慣れない。・・心細いわけじゃないけれど、どこか不安になるから。
「・・ロイ・・」
あれから一生懸命覚えた料理も何とか様になった。
買い物だってもうひとりで出来る。
「早く・・・」
早く帰ってきて欲しい・・。
「ピンポーン」
「?」
玄関から響いてきたチャイムに首を傾げる。
ロイであれば当然鍵を持っているはずだから、そのまま入ってくるだろうし・・・。
訪ねてくる人間がいるなど、言付かっていない。
鳴り響くチャイムの音に、いつまでもこうしていても埒があかないので、
おずおずと、恐る恐るその扉を開けた。
思えばその時どうして自分は開けてしまったのだろう・・・。
「こんばんは、おチビさん。迎えにきたよ♪」
「――――っっ・・・・!!!」
自ら封じた記憶の扉。
あの時あの場所で弟の忠告を聞いていれば
既に閉鎖された炭鉱の、支柱を失った岩の塊が
自分たちの頭上から降り注ぐことなどなかったのに。
既に母は亡く、弟と二人だけだったが不思議と寂しいと感じはしなかった。
周りにはおせっかい焼きの幼馴染と、口うるさいが優しい人たちがいつもいて。
誕生日のお祝いにと、その炭鉱で見つけた貴重な白い花を届けてあげたかった。
自分はもう何度も行った場所だったから、まさかあんなことになるとは思わなくて・・・・
『危ないよ兄さん!ここ立ち入り禁止の炭鉱だよっ!もし崩れたりしたら・・』
『だいじょうぶだって!この奥に咲いてるんだからっ!すぐだよすぐ!』
『でも・・』
『ウィンリィにプレゼントしたいんだろ?・・・じゃあ俺が行って取ってくるからお前ここで待ってろよ?』
『あっ!待ってよ兄さん・・!』
『兄さんってば・・・っ!・・うわあぁっ』
『!アルッ・・!アルーーッ!・・・っわああぁぁ!!!』
そのまま自分も闇に押し潰されて、意識を浚われた。
目が覚めた時にはもう、病室のベッドの上だった。
『っ・・痛・・・・・!!』
右腕と左足が思うように動かせないことに気づく。
あの落石に呑み込まれたせいだろう、そんなことはどうでもよかった。
そんなことは・・・
『っ!ばっちゃん・・アル、は・・・?』
心配で側についていてくれたのだろう。ウィンリィの祖母に。
『アル・・・は・・・?』
聞くまでもないことは自分が一番良くわかっているのに・・、
どうしても聞かずにはいられなくて。
『アルも・・無事・・・・だよ、な?・・・・なぁっ!』
呑み込まれたあの瞬間、振り返って伸ばした手は・・
『頼む・・から・・・・・っ・・何とか言ってくれよぉ・・・・っ!!』
何でもいい・・誰でもいいから・・・・・助けて・・・
『・・・お前が・・・・・・助かっただけでも奇跡なんだよ・・エドワード・・っ』
神様・・
―その祈りは、
弟の元へ、・・・・届くことはなく
「・・・アルが死んだのは俺のせいだ・・」
俺があそこへ行かなければ。
そんなこと分かりきっているはずなのに。
なのに、誰も自分を責めようとはしない。だからこそ余計にそれが辛いというのに。
いっそ、罵って、泣き喚いてくれた方がどんなにか・・・。
「っちが・・!違うよ!エドのせいなんかじゃ・・っ」
悲しいのを無理やり我慢して、大きな目いっぱいに涙をこらえながら笑顔を作られるよりもよっぽど。
突きつけられる現実は、何よりも残酷で―・・その度に自らの業を思い知ることになるのに。
「・・どこ、行くの・・?!エド!」
そのまま背中越しに聞こえる声を振り切るように、一心不乱に走った。
ただ、ただひたすら。
まるで何かから逃げるかのように。
「ハァハァ・・・・っ・・・」
一息に山を駆け下りたせいか上手く整わない呼吸を無理やりに嚥下して、辺りを見回す。
どうやら麓の町に出たようだった。
蒸気機関車がもうもうと煙を上げてホームに停車している姿が見える。
その身一つでそのまま列車に飛び乗った。行き先はもうどこでも良かったから。
ただひたすら。
どこか、遠くへ。
「・・・・うっ・・・・っ・・く・・・・・・・」
弟を失くしてからずっと、堪えていた涙が頬を伝う。ひとり、声を殺して泣いた。
『うちは商売宿だよ・・意味は分かるね?・・それでもいいんなら置いてやるさ・・』
その後は、なんで生きているのかすらよく分からないまま、痛みに身を置いて。
「お前にするか。名は・・?」
「・・なんなりと・・・どうぞお好きにお呼びください・・」
今はただ生かされているだけの商売品でしかない。
「そうか・・・?ふむ・・・では―・・・」
無理やり身体を開かれる、切り裂かれるようなその痛みだけが、自分が今ここに生きているのだと認識できる唯一の方法で。
「ごめんなさい・・ごめんなさい・・ごめんなさ・・・っ・・」
暗闇に目を覚ます。
夢の中ですらただ後悔に苛まれて、生を絶つことも許されずに、
いつしか、
感覚すべてが麻痺してしまった。
何も考えないで、忘れてしまえ。
楽しかった日々も、はにかんだ弟の笑顔も、幼馴染の笑い声も。
家も、待っていてくれる人の優しい記憶さえ。
『エドワード』という人間を形作るものすべてが―・・・
もう。あの瓦礫の下に埋もれてしまったのだから。
壊れたものぜんぶ、忘れてしまえば・・・
ダ レ カ タ ス ケ テ
・・・・ド・・・エドワード!
「っ!・・・ロ・・イ・・・・・?あ・・」
「・・・どうした?こんな所に座り込んで・・・。何かあったのか・・?」
『エドワード』『兄さん』
重なる声。
「ううんほんとに何でもない・・ごめん・・」
それは俺の名前。
(・・・自分は、こんなところにいるべきじゃなかった。)
「具合でも悪いか?・・熱・・は、ないようだが・・」
生きている証。―咎人の
(あなたがあんまりにも優しいから・・・ぜんぶ、忘れてしまいそうになった。)
「大丈夫だよ、もう。」
俺は。
こんなに眩しい世界に、いるべきじゃなかったんだ。
「ありがとう、ロイ・・」
全部思い出せた、から。
だから・・。
大好きだよ。
「お土産だ、着てごらん?きっと似合う。」
これを取りに行っていて遅くなってしまったよと少し照れながら差し出されたそれ。
「これ・・・・って・・。」
重厚な真白い着物に金糸の細やかな刺繍が施された内掛け・・・俗に言う花嫁の纏う純白の。
「これからも、私と共に生きてくれないか・・?」
「っ・・・・ロ・・・イ・・・」
絶望がその身を蝕んで。幸せが音を立てて崩れていくのが分かった。
「う・・ん・・・・うん・・・」
ぱさりと、今羽織っている着物をその場に脱ぎ落とす。
「っエド・・・?」
「・・・抱いて・・・・」
「・・・どう―・・した?・・・やっぱりおかしいぞ・・?」
「いいから・・・ロイ・・・」
膿んだ傷口を、あなたにだけは見せたくない。
このままどうか、あなたの記憶の中だけはキレイなままで・・
「っ・・!んん・・・ぅ・・・はっ・・・」
いつもならゆっくりと時間をかけてじゃれるような行為を好むエドが、
今日に限っては性急に、まだ慣らされてもいないその固い蕾に無理やり受け入れようとする。
「っ無茶をするな・・!切れるぞ・・・っ」
「いい・・・の!このまま・・っあ」
強引に身を埋めようと、自分の上に跨って自ら腰を振るその姿は、何とも言いがたく妖艶だが。
「・・とりあえず指で我慢しろ」
思わず滅茶苦茶に抱きたくなる衝動をどうにか抑えて、ゆるゆると指で慣らしてやる。
1本、2本と飲み込むうちにエドの嬌声がひときわ甲高くなる箇所を執拗に攻め立てた。
「ひゃう・・!・・あっ・・そこや・・・だ・・・っ」
ぐりっと中を引っ掻いてやると、ビクンと身体が跳ね上がった。
猫のように背をしならせて快感を享受している様子が本当に愛しい。
幾度となく抜き差しされる指を、切ないほどにきゅうと締め付けてくる。
「やっ・・うあん・・・も、・・・っ!」
抱きついて、涙目で訴えてくるその目蓋にキスを落として。
「挿れる、ぞ・・?」
「あう・・っん・・・くっ」
あれだけ慣らしたのにもかかわらず、何度抱いてもきつい身体。
エドワードにかかる負担は計り知れない。
(きついな・・・)
しばらく落ち着くまでゆっくりとした注挿を繰り返す。
「はっ・・・あ・・んん・・・・・・」
ゆるゆると内壁をこする感触がじれったいのか、強請るように腰が揺らめいた。
「もっと・・・深く、して・・・ロイ・・!」
「今日は随分と積極的だな・・・」
こちらとしてはあまり無理には抱きたくないのだが・・。
「もっと・・・っ」
「腰が立たなくなるぞ・・?」
「それでいい・・っから・・・っ!」
いっそ、壊れるくらいに強く。
「・・・・分かった・・」
すすり泣くように縋り付いてくるその不安定な細腰を掴んで、思い切り下から突き上げてやる。
「あっあっ・・・アァ・・っ・・・・・・ロ・・・イ・・・!!」
腰骨に直に響くような甘い痺れに、全身がびくびくと震えた。
「あっ・・ア――――!」
頭のてっぺんからつま先まで絶頂に包まれて、繋がった部分が小刻みに、波打つように収縮する。
目いっぱい開かされたそこに、ロイの熱が放たれるのを感じて、
そのままゆっくりと白濁の中に意識を手放した。
隣で眠るその人に気取られぬよう。
「うっ・・・うっ・・・・っっ・・・・・・」
何よりも清いその白を抱きしめて。
自分にはこれに袖を通す資格などない。純白なんて・・・・・。
「幸せ、だった・・・・幸せだったよロイ・・・」
一瞬、掠めるようなキスを落とした。
・・・自分からは・・・きっと最初で最後のキス。
この1年。
すべて忘れてしまえるほど愛してくれて・・・
ありがとう。
本当に幸せでした。
パタン
「エド・・?今日も遅くなるから先に・・・・。?」
夢うつつに聞こえた泣き声・・・
辺りを見回すが人の気配がない。唇にかすかに残った柔らかい感触。
あれは、
「・・・・っエド・・ワード・・・・?」
部屋にひっそりと残された純白の花嫁衣装。
見れば、いくつもいくつも涙の跡が残っていた。
嫌な予感が、する・・・。
「どこだ・・・っ?!エド・・・!」
自分を抱くあの腕はもう二度と戻れない優しい場所
「来たね、おチビさん。お帰り」
自分の居場所はここだけ。外界から切り離されたこの四角い檻の中だけ。
「っ・・・触ん、な・・・・っ・・・!っっ・・・!」
バンッ!
髪を引きずられて、思い切り壁に叩きつけられた。衝撃に目の奥がくらくらする。
「分かってないなぁ・・・、もうここの事忘れちゃったの・・・?弟殺しのくせに」
くすくすと耳に響く笑い声が頭の中で反響して、身体の自由が奪われていく。
「ここで逆らったらどうなるか・・。まさか忘れてないよね?」
呼び起こされる恐怖に顔が引き攣って、背筋を嫌な汗が滑り落ちる。
「っ・・・あっ・・・っや・・・・・・来る・・な・・・・嫌っ・・・!!」
圧倒的な力の前になす術もなく、引き千切られた着物が無残な姿でそこら中に。
荒縄で縛り上げられた箇所に血が滲んで、その痛みが意識を現実に引き戻す。
「暴れると余計に締まるからね?しばらくおとなしくしててよ。お仕置きなんだから」
天井から吊り下げられて、気絶することもままならない
慣らすこともなく、そのまま灼熱に貫かれた。
「ひっ・・やっ・・・あっ・・・いやああああっ!」
労わりも優しさも微塵もない、その傷つけるためだけの行為に。
赤く滾る血が白い内股を伝う様子を、ただ呆然と受け入れることくらいしか出来なくて。
(・・・ロ・・・・イ・・・・)
終わることのない暗闇に呑み込まれて
言葉にならない声でその人の名を呼び続けることくらいしか・・・
(・・ロイ・・・)
それでも自分の居場所はここしか・・・・。
痛みだけが自分を生かす。
目の前で岩の塊に呑み込まれた弟の腕を掴むことの出来なかった自分には生きている意味など、幸せになる権利などないのだと。