kanariya




昏く淀んだ大地・・。
熱砂の吹き荒れるこの地に安らぎはあるのだろうか―――



「・・・神官様・・どうか・・っ!」
期待と不安とがない交ぜになったような眼差しで人々が見つめる先に彼の人はいた。
硬くひび割れた大地に手をかざして・・
すり鉢状に窪んでいる干からびた砂。まるであり地獄のように。
申し訳なさ程度に周りには緑が少しだけ残っている。その情景から見るに・・以前の
ここはきっと緑あふれるオアシスだったのだろう。
「・・(枯れていく・・水が・・)」
そうしていずれこの国も枯れてしまうのだろうか・・・?
惜しげもなくその白い腕を陽に晒しながら、セトは枯れ果ててしまっているその大地に
祈りを込めた。瞳に影を落として、優しく囁くように言葉を紡ぐ。
(深い・・な。・・喚べるか・・・?)
絶えてから久しいかつての水脈を・・この地にまた呼び戻せるのか・・・。
人々が見守る中、その祈りはどれほどの時間続いただろうか。
こめかみからじんわりと顎を伝って汗が流れ落ちても、それを拭うこともなくただひたすらに祈りを捧げ続けた。
水に渇いている、あの小さな瞳を見つけてしまったから。
彼方まで拡がる灼熱の大地。この地では力の無いものから次々と倒れていく。
そう、立ち向かう術を知らない小さな子供たちが。
「・・・・・・」
だからどうしても放っておけなかったのだ。
まるでかつての自分を見ているようで・・。でも・・
(駄目だ・・。深すぎる・・!)
自分の力ではそれを追えない。かけらでもいいのにそれすら掴めない。
実際、かなり限界にきていた。
容赦なく降り注ぐ太陽光に、皮膚がぴりぴりと乾いていくのが分かる。
目に映る景色がブレて、ともすればそのまま霞んでいってしまいそうなほどに。
(・・・自分の力じゃ・・・無理なのか・・・)
一瞬、諦めが脳裏を掠める。
自分ではこの地に命を呼び戻せない。
(・・く・・・)
神官などといっても、何と無力なことか。
自分にもっと・・
(もっと・・力があれば・・っ・・)
あの小さな瞳を曇らせることもなかっただろうに。
もう本当に、諦めを覚悟したその時だった。
「・・・?・・冷たい・・?」
ぱたりと自分の頬に落ちてきた水の粒。
何が起こったのかが分からなかった。
「・・水だ・・水が出たぞっ・・!」
その人々の言葉にようやく、目の前に吹き上がる水しぶきに気づいた。
乾ききっていた辺りが、みるみるうちに潤いを取り戻していく。
「神官様・・ありがとうございますっ・・」
皆口々に上がる感謝の言葉も、自分の耳には届くことも無くただ呆然と
目の前の光景を見つめているだけだった。
何故ならば・・
(・・これは・・俺じゃない・・・)
まさかこんな所まで・・・飛ばせるのか・・・・?






「副官!お帰りなさいませ。・・どちらへか行かれますか?」
「ああ・・・報告にな・・王宮へ行く・・」
王都に辿り着いて神殿に帰っては来たものの、先程のことがどうにも釈然としなかった。
あれはおそらくは王子なのだと、推定でしかないのだけれど
どこか確実にそう思っている自分がいる。
「・・どこにいるのだ?あいつは・・!」
てっきり王宮にいるのかと思って来てみれば、そこに目的の人物の姿は無く
結局探し回るハメになってしまった。
散々思いつく場所に行ってみるが、どこにもその姿はない。
一体どこにいるのかと、ため息をついてその場に立ち止まる。
「どうかしたのか?そんなところで・・」
目的の人物に急に話し掛けられて、多少なりだが驚く。
「・・っ王子!どちらに行かれていたのですか!」
探していたのだと、分かるくらいに強い口調で問い掛ける。
「ああ、悪い。あんまりにもいい天気だったんでその裏で寝ていたんだ。」
まったく悪びれた様子もなく、むしろ楽しそうなくらいに言った。
一国の後継ぎともあろう者が、裏庭なんぞでのんびり昼寝していていいものなのか・・
(・・・やはり、自分の思い過ごしか・・・?)
目の前の人物が彼の地に水を喚んだとは、思いたくもないのだが・・
「先程の視察の件なのですが・・」
「・・そんなことよりも、腕見せてみろ。」
「は?・・え?・・」
両腕を急に掴まれた。その行動が一体何なのかが分からなくてしどろもどろしてしまう。
「やっぱり・・・」
何がやっぱりなのか、自分にはさっぱり分からない。
「・・王子・・?一体何・・・」
「来い」
「・・え、・・あ・・?」
いまだに右手は掴まれたままなので、当然、わけも分からずに引き摺られるかのようにして後ろを歩く格好になる。
「どうされたんですか・・王子?・・・どこへ・・」
「いいから来い」
その口調がどこか怒っているようなそんな感じがして。


「・・・・・・・・。」
半ば強引に連れてこられたのは、王宮の外れにある離れの一室。
普段はあまり使われていないと思っていたが、そこかしこに置いてある物を見ると、
どうやらここは王子のお気に入りの場所らしい。
確かにここなら口うるさいお目付け役にも見つからないで済むだろう。
(・・・・。どこを探しても見つからないわけだ・・・)
「・・とりあえずこれで良し・・」
ぼーっと辺りを見まわしている間に王子によって、腕には見事に包帯が巻かれていた。
「・・なんで?っていう顔してるな・・。」
「!・・いえ、別に・・そんな・・」
「前にも言っただろう・・?陽には晒すなと・・。まったく・・・」
・・・・陽に・・晒す?
ふと忘れそうになる程のことだけれど。
あの時は必死で回りのことに構っている余裕など全く無くて・・。
でも、そのことを何故・・?自分はそんなこと口にした覚えはない。
「・・・っ!やはり・・・見ていらしたのですか・・・?!」
きりっと唇を噛み締めて、睨み付けるように視線を送る。
「・・・・お前は本当に、突然無茶するからな・・・」
「ならば何故・・・」
どうしてもっと早く・・・
「・・水を・・・か?」
答えるわけでもなくセトはただその場に俯いてしまった。
落とされた睫が、白い肌の上に深く陰影を作り出している。
「・・・・あの地に水を喚ぶことは不可能だ・・」
「・・・っ!!・・・そんなことは・・・!!」
実際、水が沸いたのを自分はこの目で見てきたのだから・・・
「あれは一時的に過ぎない・・。お前も分かっているだろう・・・・?」
「・・・・・・・・。」
深く深くどこまで潜っても欠片も掴めなかった。
もう無理だと分かっていてもどうしても諦めきれなくて。
万人が見離したあの地をどうにかしてやりたかったのだ。自分ではどうにもならないと・・・・・分かっていても。
「・・・王子なら・・・また喚べるのでしょう・・?」
「あの水脈は枯れたんだ・・自然を曲げれば・・・必ずどこかに狂いが生じる・・・」
お前にも分かるはずだと・・そう宥められるけど。
「でもっ!・・・でも・・・」
・・・・わかっているのだ。とっくに・・。もう二度と蘇ることはない、と。
ただ、あの子たちを・・あの小さな命を・・助けてやりたかった・・。
さっきよりも一段と深く項垂れてしまったその様子に、愛おしそうにふっと目を細めて、
「心配するな。・・あの地の者達は必ず助ける。」
王子のその言葉に、驚いたように顔を上げる。
「さっき王に掛け合ってきた・・。だからもう大丈夫だ。」
「・・・・・え・・」
どうにもならないと、諦めなければならないのだと、そう思わなくては・・としていたから。
王子の言葉を理解するのに多少時間がかかった。
「・・あ・・・」
感謝の気持ちが例えあったとしても、ありがとうと口にすることが躊躇われる。
いつも自分はこの王子に振り回されているから、どうしても素直にはなれない。
というより素直になる気などもともと無いのかもしれないが。
気まずそうに、口をもごもごさせてまた下を向いてしまったその仕草が可愛くて、
「・・いいさ別に。泣き顔は可愛いけど、悲しんでる顔は見たくないから、な。」
頬に軽くキスをして、耳元に囁くように半ばからかうような口調で。
「・・・・・っ!だっ誰がいつ泣いてるか!」
不意をつかれた行動に、王子の手を押し返しながら真っ赤になったセトが怒鳴る。
「えっ?いっつも泣いてるじゃないか・・・。なんなら・・・今ここで泣かせてやろうか?」
にやっと、口元に嫌な笑いを作った王子が逃げる間も与えずにセトに圧し掛かる。
「・・・っ!はっ・・離せ貴様!なに考えてるっ・・・!!」
「え?・・・分かってないみたいだから実地でv」
王子の手によってあっという間にその白い素肌が顕わになる。
「!っや・・・・はっなせ・・・!・・・っ」

やっぱりこの男と二人にはなるんじゃなかったと、今更ながらに激しく後悔した。
少しでも感謝の気持ちなどを抱いた自分にも・・・。

そうして結局、その後散々泣かされたことは言うまでも・・・・無く。