甘味処




「毛利ー、帰ろうぜっ」

その日の授業も終わり足取りも軽く、元就のいる2-Aクラスのドアを開ける。

「長曾我部。……我は真田と約束がある故、先に寮へ戻っていてくれぬか」
「…あ?幸村と?」

珍しい組み合わせだと思った。元就と幸村はクラスも別々だから一体どこに接点があったのだろう。
確かに昼に屋上で、何人かで弁当を広げる仲ではあるが、二人だけの約束ともなると思い当たる節がない。

「約束って何?」
「それは…」
「元就殿ー」

詳しい内容を聞こうと思っていたところへ、ちょうどこちらへ幸村が慌てて走ってきた。

「…お待たせいたした。申し訳ござらん!」

心底申し訳ないと、元就の前に大げさに頭を下げる。

「それほど待ってはおらぬ、気にするな」
「では、行きまするか!」

こくりと元就がうなずくと、そのまま踵を返して歩き出そうとする。

「…ちょ、待てってお前ら!!どこ行くんだよ!」
「駅前のケーキ屋でござる!」

元親の問いかけに、満面の笑顔で振り返った幸村が答える。

「……ケーキ…屋?」
「はい!今日から新メニューがいくつか発売になるのでござるよ。さすがに其ひとりで行くのはと、元就殿に相談したらご一緒してくださるとのこと」

ああ、そういえばこいつも甘い物には目が無いんだった。と、幸村の言葉にこくこくと頷きながら、滅多に見られないであろう嬉々とした表情の元就を見る。それでも普通から見れば十分に鉄面皮に見えるのだが、付き合いが長い分少しの変化でも分かるのだ。

「ケーキ…か」
「元親殿もご一緒にいかがでござろうか!」
「あー…」

幸村の申し出に若干困惑する。
まず第一に、自分は甘い物がそれほど好きではない。
第二に、明らかに女性陣しかいないであろう空間へ男子高校生がぞろぞろと連れ立って行っていいものか。
けれど、元就とは一緒に帰りたい。
(うう…)
密かに寄せる想いだからこそ、出来る事なら少しでも長く側にいたいのだ。
何せ学年は一緒でも、元就とはクラスが違うため日中会えることは、まず無い。
行き帰りの寮への登下校時と、昼休みの弁当タイムくらいなものだ。

「Hey、チカ。何そんなとこで頭抱え込んでんだ?」

後ろからバシンと豪快な音とともに背中に走る痛み。そのあとすぐに肩に手が回される。

「…痛ってぇーよ、政宗」

わりぃわりぃと言いつつも、まったく悪びれた様子のない声の主を間近に睨み返す。
伊達政宗は同じクラスで名前順で席も近く、話してみれば互いに馬が合い、すぐに意気投合した奴だ。
ちなみに昼に集まって弁当を食う内の一人でもある。

「Ha!がん首そろえてどーしたよ?」
「おお!これからケーキ屋へ行くのでござる。良ければ政宗殿もご一緒…に……っと、……まっ…まずいでござるぅっ!!」
「?どうした真田…」

その場から逃げだそうとした幸村の様子に訝しげに元就が聞き返す。他の二人もそろって首を傾げた。

「あっ、旦那見つけたぁ!寄り道しちゃダメって散々言ってるでしょうが!」

廊下の端の方から佐助が走り寄ってくる。

「あー…」

一同そろって声がした方を振り返って納得した。
幸村の幼馴染で甲斐甲斐しく世話を焼く様子はまるでお母さんのようだよね。と、この間慶二が言っていたのを思い出したのはきっと自分だけではあるまい。どうやら佐助が裏庭にゴミ捨てに行っている間に撒いてきたらしかった。
あえなく逃亡失敗。寮への連行コースが瞬いて見える。

「其、今日を楽しみにしていたでござる…っ!」
「ダメだって〜、お館様にも頼まれてるし。それに夕飯食えなくなったらどうするの」
「ううう……」

半分涙目涙声で訴えるも、お館様の一声に弱い幸村。
こりゃ見つかったのが運のツキ、とでも言いたげに政宗と元親は事の成り行きを見守っている。むしろ元親的にはこのままなかった事になってくれた方が好都合というもの。そこへ成り行きを淡々と見つめていた元就がふたりの間に割って入った。

「猿飛……真田は我と約束しておった故。今回は我に免じて、見逃してやってはくれまいか?」
「…もっ…元就殿!!」

普段からあまり他人に関心を示さない元就が、誰かに助け舟を出すなど異例のことである。
政宗からはピューっと口笛が聞こえた。
あり得ない光景に驚きつつも、それが自分ではないことへの焦燥感。思っていた以上に元就は幸村のことを気にいっているのかもしれない。幼少期からの幼馴染で、これまでずっと一緒であった自分よりも。

「あー…うーん……毛利の旦那にそこまで言われちゃうとなぁ…。んー……真田の旦那が無茶食いしないって約束してくれるんなら……」
「約束するでござるぅうう!!」

言い終わるよりも早く燃え滾る勢いのまま宣言して大喜びする幸村を見ながら、じゃーもうしょうがない、と渋々承諾している佐助の前で、変わらず淡々としている元就。
事の流れを見守っていた政宗と元親はお互いどーするよ?と顔を見合わせてみる。

「あっれー?みんな揃ってどうしたの?」

そこへ、これまたうるさいのが一人増えた。
明るくお祭り大好き、元気一番!の前田慶二である。
こいつもまた屋上で弁当を広げるメンツの一人でもある。まぁ2-Aのクラス前の廊下でずっと話しているわけだから目についても当然かもしれない。ちなみに元就が2-A、元親と政宗が2-B、幸村と佐助が2-C、そして慶二が2-Dである。いつしか屋上に集まるようになっていったのは、詳しいことを省くと、元就の、日輪が見えるところがいい。というのがきっかけでもある。
今までの流れをかくかくしかじか、幸村が説明している。

「じゃあ、もうみんなで行っちゃうっていうのはどう?」

結果、幸村の雑把な説明では話の流れをあまり理解出来なかった慶二が、強引にその場をまとめた。

「みんなで行けばきっと楽しーよ!」





と、いうわけで。

お世辞にも広いとは言えない店内に、これまた広いとは言えないテーブルを、六人の高校男子で囲む。の図が出来上がったわけで。
なまじガタイがいいのがいる分、余計窮屈に見えるかもしれない。
店内に一歩足を踏み入れた瞬間から充満しているこの甘ったるい匂いと、周りから向けられる明らかに場違いな奇異な物を見る視線に、もう今すぐにでも帰りたいと思う元親である。

「…Shit!……ここはAwayすぎるぜ…」

そう呟く政宗に、同じ様な気持ちの奴が一人でもいてくれて良かったと心から思う。
意外にも慶二と佐助の二人はさりげなく場の空気に馴染んでいる。慶二はともかくやはりオカンともなると違うものなのか。

「相変わらずここの甘味は美味でござるな!」
「うむ」

そう言って目の前に置かれているケーキを美味しそうに頬張っているのは主に幸村と元就。
折角だからと、皆何かしら注文したはいいものの、いざ口にしてみると、やはり甘い。
甘味なのだから当然といえば、まぁ当然ではあるのだが。セットで頼んだコーヒーに口をつけて、一息つく。
ただ、目の前の二人の食べっぷりにも問題があるのかもしれない。
生クリームたっぷりな季節のロールケーキに、ダークチェリーのナポレオンパイ、カスタードクリームと果物を挟んだミルクレープにベルギーチョコで作ったガトーショコラに、木苺ジャムの添えられたチーズケーキ。そして最後に苺の王様『あまおう』がでかでかと飾られた、これまた生クリーム盛りだくさんなショートケーキ。


……見ているだけでも胃がもたれそうなラインナップである。
しかも二人ともその細い身体の一体どこにそれだけ収まるのか、という数がすでになくなっていた。

「あああ……無茶食いしないって言ったのにぃ…」

嘆く佐助の言葉に若干同情してしまう。

「無茶食いではござらん!至って普通!!」

皿の上からケーキがすでに4つ消えているわけだが、それが幸村的には普通なのであろうか。
なんとなく佐助が止める理由が分かった気がして、少しだけ気の毒になってきた。
元就の方も黙々と食べてはいるが、まったくスピードが落ちない。

(………しあわせそうな顔して、まぁ……)

口に運んだ時に、一瞬ではあるが無防備にほっこりと微笑う。
それが見れただけでも、何か得した気分になってしまうのだからどうにも性質が悪かった。
もう惚れた弱みとでもいうか、とりあえずはっーっと深く溜め息をついた。

「長曾我部」
「ん?」
「それはもう食べないのか?」

向かいに座っている元就から、それ、と指されたのは、自分の前に置かれている一口食べて放置されたシフォンケーキ。
見れば元就の皿の上はもう綺麗に片付いている。
(あれ、全部食ったのか……)

「ああ、食いてぇならやるよ」
「べっ、別に……もう食べぬというのなら、貰ってやらぬこともないだけで…」

素直に食べたいと言えばいいものを、と思いながらちょっとした悪戯を思いついた。

「じゃあ、あーん出来たらコレ全部やるよ。……はい、あーん♪」

悪だくみよろしくにんまりと満面の笑顔で、フォークに刺したひと欠片を元就の前に差し出す。
きっと、馬鹿だの、死ねだの、愚劣だの、言われて一蹴されるのがオチであろう。
差し出されたそれを元就はただジッと見つめている。
まったく期待はしていなかったので、少し困惑させてからケーキは全部くれてやるつもりだった。

なのに。


「………」

前屈みに肘をついて元就が身を乗り出す。そのままパクリと差し出されたケーキを飲み込んだ。

「?!え…ちょっっ」

思わずけしかけた自分の方が変な声をあげてしまった。
右手をフォークに添えて口を離す。食べ終わった元就が訝しげな視線でこちらを見てくる。

「なんぞ。…貴様がやれと言うたのではないか」
「ああ、うん……」

(あの毛利が…あの毛利が……)

先程の光景を反芻しつつ、あまりの驚きに心臓がバクバクしすぎてヤバイ。

「良かったねぇ!元親!」

隣から向けられる、政宗と慶二のにやにやとした笑いも堪えないくらいに浮かれている自分がいる。実はこの二人にはあっさりと自分が元就に対してどう想っているのかを見抜かれているために度々からかわれることがあるのだ。

「長曾我部、ケーキ」
「あ、ああ…。………なぁ毛利、俺にもあーんてしてみない?」

あんまりにも浮かれすぎて、我ながら良くこんな言葉を口に出来たものだと思う。

「……」

元親の前から奪い取ったケーキを、嬉々として口に運ぼうとしていたその手を止める。


「……阿呆か。これはもう我の物ぞ、やらぬわ」
「………」

ああ、そういえば、そういう約束でした……ね。
がっくりとうなだれる自分に、「Don’t mindチカ。…元気出せよ」と笑いを堪えながらの、憐みの眼差しでかけられる言葉が胸に痛い。
元就にとっては、ケーキの方がより重要度が高いということに今更ながらに気づいて、益々もって甘味が嫌いになりそうな元親であった。