サクラサク




「帰れ」
確かにアポも取らずに突然押しかけたのだから、そう言われても仕方が無いのだけれど。
「お前と違って俺は忙しいんだ」
まぁ、いつもそう言ってるよな・・。
結局はなんだかんだで、なしくずしになってしまうのだけれど。
しかし今日に限っては、何でか知らないが異様にガードが固い。
海馬邸に押しかけてから、未だに玄関にすら辿り着けていない。
門扉をくぐって(忍び込んだともいう)、玄関前で黒服相手に押し問答してても
埒があかない。
(・・・今日何かあったっけか?)
とりあえず本人に会わぬことにはどうにもこうにもお話にもならない。
「海馬!いるんだろ?出て来いよ!・・・おーい!」
「瀬人様はいらっしゃいません!お帰りください!」
・・・・さっきからこれの繰り返しなのだ。
(あーもーいい加減いらいらしてきたぜ)
「海馬ー!・・ホントにいないんだな・・?だったら俺の知ってるお前の秘密、ここで大声でばらしてもいいよなー?」
すーっと深呼吸をしてから、
「・・お前って耳とか太腿の内側とか弱くってー・・・・」

バンっ!

「・・・遊戯・・貴様・・(怒)」
ものすごい勢いで、これまたものすごい形相の海馬が飛び出してきた。
「・・・何だよ。居るんなら早く出て来いよな☆」
全然悪びれた様子もなく。
「〜〜〜だから俺は忙しいと言ってるだろうが!!今すぐとっとと帰れ!!!」
見た目は本当に綺麗なのに、口を開けばその容姿からは想像もつかないほどの悪口雑言の数々・・・。
まぁ、そのギャップが周囲の人間に余計に好奇心を与えているということに本人は気づいてはいないが。
「何だよ。せっかく来てやったのに・・」
「誰も来てくれなどと頼んだ覚えはないわっ!!さっさと俺の前から消え失せろ!」
ムカっ・・・
これにはさすがに、忙しいと分かっていて突然押しかけたという多少はあった(あったのか?)遊戯の良心もキレイさっぱり吹き飛んだ。

(しまった・・。)
みるみるうちに戦闘態勢の目に変っていく遊戯を見て、ちょっぴり後悔した。
こうなった時はろくなことにならない・・。
過去、あれやこれやの色んな目に会ってきているのにどうしてか、いつも先に口が出てしまうのだ。
後悔してももう遅い。

こうなったら何が何でも付き合わせてやる・・・。
そう遊戯が心に固めたその時。
「兄様ー!兄様の着物これでいいー・・?」
まさに一触即発なその雰囲気の中、なんとも場違いな声が問いかける。
「・・・・着物?」
遊戯には何の事やら分からないが、モクバの持ってきたそれが海馬とどう関係があるのかかなり気になる・・・。
「・・モクバ!!!・・向こうへ」
「おいモクバ。それどうするんだ?」
瀬人が遠ざけるよりも速く、遊戯はモクバの前に回り込んだ。
「これぇ?・・・これは兄様が着るんだぜィ!」
・・・・・?
「・・・海馬?」
モクバの持ってるそれを指さしながら、これは一体どういうことだ?と言わんばかりの興味津々の視線を送った。
「〜〜〜〜・・・・茶会があるのだ・・・」
なんとも消え入りそうな声で海馬が答える。かなり恥ずかしいらしい。
「・・・〜〜茶会?何だよそれは。」
わざわざ大声で言いなおす遊戯に半ば睨みつけるようにして。
「裏に桜があっただろうが!あれが早咲きだから、取引先を招いての茶会があるのだ!!!分かったのならとっとと帰れ!!!」
最後にいつもの、俺は忙しいんだ!と付け加えたことは言うまでもない。
だがよっぽど恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして怒鳴っても遊戯に対してはあんまり威力がなかった。むしろその様子を楽しんでいるような風だ。
「・・・へぇ〜☆おもしろそうだな・・」
何かすごく嫌な予感がする・・・。そしてこういう予感に限って良く当たるのだ。
「よし!それ俺が手伝ってやるぜ☆」

ああ、神様。
オカルト現象を一切信じない瀬人でもこの時ばかりは神に祈りたい気分だった。
(どうしてこう、悪いことばかり当たるのだ!大体なんでこんなに間が悪いのだ?この男は!!)
「・・まさか嫌とは言わないよなぁ・・・?海馬?」
にやりと不敵な笑みを浮かべながら遊戯が海馬に詰め寄る。
もしここで断ろうものなら、さっきの事といいあることないこと言いふらされかねない。
「・・・・・・・いいだろう・・」
諦めまじりのため息つきで海馬がぽそりと呟いた。





「とりあえずこれを着ろ」
ようやく玄関を抜けて、海馬邸侵入に成功した遊戯が連れてこられたのは
俗にいう和室なのだろうが、なんともその広さに開いた口がふさがらない。
普通の家の2倍・・・いや3倍はあるだろうか・・・
(・・こんなにだだっ広くてどうするんだ・・?)
「・・何をしている?!早く着ないか!」
「おい海馬・・着ろって言ったって、こんなのわからないぜ?」
と、目の前に置かれている物体を指し示す。濃い色合いの茶道用袴が用意されていた。
「・・何?貴様こんな物も一人で着れんのか?!」
・・・普通、一般家庭の人間は着物なんて着れないと思うぞ・・?
「貴様これまで一体何を学んできたのだ!!これくらい一人で出来なくてどうするのだ!」
(あーもー・・・)
「・・・確かに、着付けは出来ないけど・・得意なこともあるぜ?」
「・・・・?」
見れば海馬もこれから着替えるところのようだ。
それならば・・
「脱がすのなら得意だぜ☆」
「・・・!!!!」
言うが早く、そのまま畳に押し倒す。
ちなみに今日の海馬の服装は、黒のカッターシャツに黒のパンツと
いたってシンプルなものであった。
「ええいっ離せ!離さんかっ!」
二人してもんどりうって倒れこむ。その際にいささか頭を打ち付けてしまったらしく
多少くらくらするが、そんなことにはかまっていられない。
得意と言うだけあって、本当に早い。
「今から着替えるんだから、ちょうどいいじゃないか」
「良くないわっ!離せ、馬鹿者が!!」
左手で自分の服を庇いながら、右手で必死に遊戯を押し戻そうとする。
「せっかく人が手伝ってやるって言ってるんだからさぁ・・」
「・・・貴様の言うことなど信用出来るか!!一体何をする気だ!」
そうこうしているうちにも、身を守る布が少なくなってゆく。
だんだんと顕わになっていくその素肌の白さに。
「別にそんな気なかったけど・・お前がそういうならナニしようか・・?」
「・・・・・!!!!」
剥き出しになった首筋に柔らかく歯をたてる。
「っ・・!」
色素の薄い白い肌は、すぐに鬱血を紅く彩る。
噛まれた部分からズキズキと、背筋の辺りから疼いていくような気がして。
「・・・っ離せ!このっ・・!!」
「・・・そうだなぁ・・お前からキスしてくれたら考えてやるよ・・?」
意地の悪い笑みを浮かべながら、なおも服を脱がしながら遊戯が言った。
「・・・いい・・加減にしろっ!・・・・そんなこと・・」
出来るわけがないだろう。と言いかけたその時。


「兄様ー!着替え終わったー・・?」
どかっ!
スパーンと勢い良く襖を開けたモクバの目の前を、人らしき何かが横切った。
「・・どうしたの兄様?」
兄様と呼ばれた海馬の方は、すでにもう衣服に乱れはなくいつも通りに戻っている。
「・・・痛てて・・・いきなり何するんだよ・・海馬・・」
「それはこっちの台詞だっ!!!もう貴様など知るかっ!!!」
喧々囂々と言い争っている二人を前にして、自分が来るまでに一体何があったのだろうと
不思議に思うモクバであった。
「・・モクバ!!」
「えっ?あっ何?兄様・・」
話しを急に振られてちょっと焦る。
「こいつの着付けをしてやれ!」
「えっ・・?・・でも兄様はどうするの?」
仕度が出来ているかどうかを確認しに来たのを思い出す。
見れば遊戯はおろか、瀬人でさえ普段着のままだった。
「俺は向こうで自分で着てくる!」
そう捨て台詞を残して、どかどかと襖の向こうに消えていく。
残された遊戯とモクバ。
「・・・・・」
とりあえず兄の命令は絶対だ。




なんとか全員の仕度も終わり、午後を回ってぞくぞくと招待客が到着していた。
「とりあえず葵の間と、桐の間にお通ししろ!くれぐれも失礼のないようにな!」
庭に茶席を用意してあるが、桜が植えられている周りにも休憩用に個々の茶室があるのだ。
海馬もモクバもその応対に追われて、てんてこまいになっている。
(・・・つまらないな・・)
なんとなく手持ち無沙汰な風に、呑気にそんなことを遊戯は考えていた。
実際のところ、手伝うと言ったって何をして良いのやら・・。
「遊戯、何をしている?手伝うんじゃなかったのか?」
さっきまであんなに忙しそうにしていた海馬に急に話しかけられて、少しびっくりした。
「・・・ったって、俺は何をすればいいんだ・・?」
「お前、茶道の経験は・・?」
とりあえず基本的なことは出来てもらわないと困るのだけれど。
「・・あるわけないだろ?」
聞くなよそんなこと。とでも言いたげに腕組みをしながら自信満々に遊戯が答える。
なんでいつもこんなに偉そうなのだろうか・・・。
「・・・じゃあお前には搬送でもしてもらおうか・・」
「なんだよそれは・・?」
「言葉の通りだ。物を運んでもらう。野外にいる来賓のところにな。」
個室はともかく、外にはそんなにたくさんは茶器を用意出来ない。
「それって、いらっしゃいませvとかやらされるのか?」
「・・いや、いい(脱力)。とりあえず持ってきてもらえれば、こちらで応対する。」
「わかったぜ。俺にまかせろよ☆・・ああそれと・・・ご褒美期待してるからな?」
にやっと、意地の悪い笑みを浮かべてそう言うと、さっさと外の方へと行ってしまった。
「・・?!!な・・何を言ってる?待て遊戯・・!!」
走り去っていく背中に叫んでも、待てと言われて待つ奴はいない。
「・・・・貴様から手伝うと言い出したのだろうがあああっ!!」
「あのう、瀬人様・・」
激昂している海馬に向かって、おずおずと一人の黒服が話しかける。
「・・?何だ・・言ってみろ・・」
これでつまらない事を言おうものなら、どうなるか分かったものじゃない。
「はっはい。先程、芙蓉の間のお客さまが瀬人様にお会いしたいと・・」
「・・!!なんだと?!・・なぜもっと早く言わんのだ!!」
メイドの一人が伝えに参りました。と言うこともなく海馬によって一喝されてしまった。
芙蓉の間は用意された茶席の中でも一番大きく、招かれた客もそれ相応の地位にある者。それこそ待たせることなど許されない。
袴を着ているために、どかどかと走るわけにもいかず、かなりイライラしながらその場に向かった。
「茶はもうお出ししてあるのか?!」
芙蓉の間の近くにいた者に怒鳴りつけるように問いかけて、
「・・いえ、それが・・瀬人様がいらっしゃってからと・・」
その答えを聞いてなおさら焦る。それではもうかなり待たせてしまっているではないか。
遊戯のことだけでも十分胃が痛いというのに、どうやら頭も痛くなってきそうだった。
「・・分かった。お前たちは他の者を手伝ってやってくれ。」
本当に、毎年毎年のことだからいい加減慣れたけれど。
本来ならば挨拶回りなど、したくはなかった。
養子として貰われてきた自分を、どこか品定めをしているようなその視線が、いつまで経っても拭えなかったから。
「失礼致します。」
そんなことに負けるような今じゃないが、ふと気が付くと周りから見られているということにひどく疲れていたような、そんな気がして。
圧し掛かる見えない重圧と、向けられる不躾な視線は、否応なくその身を切り裂いた。
「遅くなりました・・・」
でもどうしてか今日に限っては、そんな風には思わないのだ・・。
それはやはり
(・・あいつの・・せい・・なのか・・・?)
いやきっと、あれがおかしなことばっかりするから、それでかっかしていて考えが纏まらないだけなのだろうと・・・
襖を開けて、深深とお辞儀をしながらそう思おうとしている事が少しだけ可笑しかった。

そう思おうと出来ること自体に、自分にとってゆとりがあるということだから。
(ちっ・・)
でもそれをあっさりと認めるわけにもいかない。
そうしたら本当に、負けてしまいそうに思えたから。今までだって、自分の力だけを信じてここまで来たのだ。
今更になって馴れ合いなんて、そんな戸惑いは・・・
(・・必要・・ないはずだ・・)





「本日はありがとうございました・・・どうぞお気をつけて。」
何とか一段落して、徐々に帰りはじめる客たちに上辺だけの挨拶を交わしながら
(・・あの馬鹿はどこにいるのだ・・?)
遊戯を探していた。

てっきり仕事を頼んだその辺にいるものだと思っていたのに、行けども行けども見当たらない。
あんなに目立つ格好なのだから、すれ違いになっているわけはないし、もし自分が気づかなくてもきっと、向こうの方から絡んでくるに決まっている。
(・・そう言えば、褒美がどうとか・・言っていたか・・)
はぁと少し憂鬱になりながらも、歩みを進めた。
行き止まりになるところまで行って戻ろうかとも思ったが、
「・・確かこの先は・・」
一見行き止まりに見えるけれど、その道無き道を進んでいくと
一本だけ明らかに他の桜と種の異なる桜が、誰に見られることもなくひっそりと、けれど静かに堂々と咲き誇っているのだ。

自分はその場所がすごく好きだった。
連れてこられて、まだ幼かったあの頃は、よくそこに逃げ込んだものだった。
モクバすらも知らない、
自分だけの・・・泣き場所。

「懐かしいな・・」
段々と近づいてくるその桜を瞼に思い浮かべながら、まさかこんな所にいるはずはないと・・・そう思っていたのに・・
「・・!遊戯・・・」
「・・よお。終わったのか・・?」
まさにその桜の真下に、遊戯はいた。
「・・・貴様、何を寝転んでいるか!さっさと起きろ!」
「まぁ、そう言うなよ。こうやって見上げてると本当に綺麗なんだぜ?」
薄紅色のその花びらが、風に舞い踊りながら降り積もる様子が、まるで雪のようだとそう笑いながら。

そんなこと・・・とっくの昔に知っている。
辛い事がある度に自分も良くこの桜を見上げては・・・弱い自分をここに埋めてきたのだから。
そんなことは絶対に、こいつの前でだけは口が裂けても言えないけれど。
「・・褒美のことなんだがな・・・遊戯?・・おい?」
隣に腰を降ろして、肩を揺さぶってみるが返答がない。
聞けばすうすうと、規則的な寝息が聞こえる。
そう言えばさっきメイドの一人が誉めていたか・・・てきぱきと良く動くと・・・。なんだかんだ言っても最期まできちんとこなす奴なのだ。こいつは。
(・・・疲れたのか・・・)
しばらくその寝顔を眺めながら、ふと朝に遊戯が言っていたことを思い出した。
『お前からキスしてくれたら・・』 
そんなこと・・・出来るわけがないだろう。
第一自分は、こいつのことなどこれっぽっちも気にとめてなどいなかった。
いつもイライラするのはこいつの方から自分に絡んでくるからだと、そう思っていたのだ。
さっき・・・・までは。
「・・・・・・・。」
幸いなことに、眠ってしまっている。
今の内にそれを褒美だとそういうことにしてしまえば、後でいくらでもごまかせるのではないか・・?
(そうだ。軽く触れてすぐに離れればいい・・・たったそれだけのことだ。)
そんな簡単なことのはずなのに、どうしてかすごく心臓が苦しくて。
脈がおかしいくらい早鐘を打っているのが分かった。
その音を振り切るように自分の唇を重ねて、ふっと顔を上げようとしたその時。

「・・・!!!貴様!!眠っていたんじゃ・・」
急に起き上がられた拍子に、そのまま地面に押さえつけられる。
「ああ。眠ってるぜ?・・・・相棒はな。」
「!貴様・・っ離せ!!」
これでは朝とまったく変わらない。いやそれよりモクバが迎えに来ない分もっと悪い。
迂闊・・だった。
「そんなに警戒すんなよ。何もしないって、俺からはな・・」
「・・?」
「もう1回してくれたら離してやるよ。」
ほらほらと言わんばかりに、自らの唇を指差して。
(・・・本当にこれでは朝と変わらないではないか!)
どうする?・・こいつの言うことに従うのも癪にさわるけれど、これでまた怒らせて大変なことになっても、どちらにせよ困るのは自分だ・・・。
それならば。
どうせもう、一度はしてしまったのだし、軽く触れてすぐ離れればいいのだから・・
(1回も2回も変わらんわ・・・!)
半ば捨て鉢になりながら、きゅと目を瞑って一息に。
そうしてすぐに離れるはずだったのに。
「・・っ!んっ・・」
頭を抑え付けられて、どうにか逃げようとするけれど、逃げる程ただ自分が苦しくなるだけで。
「・・っ・・!!」
深く口付けられるその息苦しさに、固く瞑った目尻にうっすらと涙が滲んだ。
「ふっ・・ハァ・・は・・」
突然に解放されて、肩で息をしながらもやっとのことで身体を起こす。
「・・何も・・しないんじゃなかったのか・・」
「?してないだろ?・・ただお前があんまりに下手っぴだったから、リードしてやっただけだぜ?恋人なんだからこれくらい当然だろ?」
「・・・!!!だっだれが恋人だ!だれが!!!」
怒りのせいで肩までもがわなわなと震えている。少しはこいつのことを見直したと思った自分が・・・怨めしい。
「こ〜んな花見なら何回でもしたいなぁ。なぁ海馬?」
「・・!!!もう2度と来んでいい!貴様の顔など見たくもないわ!!!」
そうは言っても結局、来たら来たで断りきれない自分に早く諦めがつけていたら、随分と楽だっただろうにと思いながらも、
どうしても納得することが出来ないから。

どこまでいっても悪循環で。

「今すぐ帰れ!!」

当分はこんな関係が続きそうだと、そんな風に思った。

でももうおそらくこの場所には来ないだろう。
過去を捨てて未来へ。



今の自分にはもう泣き場所は必要ないから。