青眼3




「セト様ご到着です」
扉の前に立っている神官が高らかに呼びあげる。
召集予定の時間からは大分遅れてしまっていたが臆することなく面前へと進んでいく。
「おお・・まちかねたぞ・・セト?」
「・・・遅くなりまして」
片膝を床につき、形ばかりの礼儀をしめす。
「・・お前に渡した例の物。持っておるか?」
「はい。こちらにございますが・・」
取り出そうとしているセトをやんわりと制止する。
「持っているのならよい。・・・ところで、お前に1つ頼みたいことがあるのだがな・・・?」
一体何を言い出すのだろうか?
まぁ、この男の顔を見るのも後僅かかと思うと幾らか気分が楽になる。
「・・・何なりと。」
出来ることなら社交辞令のみでどうにかこの場をやり過ごしたかった。
「例の物のことだがな・・・。あと1つだけ足りないのだ」
『例の物』とは、千年アイテムのことだろう。
(・・あと1つ足りない・・・?)
何か嫌な予感がする・・・・。確かあれは・・・・
「王子の持つ千年パズルが・・・・な。」
・・・・やっぱりか!・・内心舌打ちする。
王子がいつも首から下げている『千年パズル』
それを持って来いとでも言うのだろうか?
(・・・いくらなんでも無理だ。あれを外しているところなんて見たことないぞ?!)
「・・持って来い・・とは言わん。・・・・ただ・・」
「ただ・・?」
闇の儀式のために必要不可欠な七つの千年アイテム。
そのどれが欠けても、契約は成立しない。
「ここに連れてこれればよい・・。後はどうとでもなるよの・・・のぉセトや?
 王子の寵を受けているお前なら・・・簡単であろう・・?」
身体の上を舐め回す纏わり付くような視線を感じて、ゾッとする。
・・・気持ち悪い。
(連れてくる・・・王子をここへ・・・)
自分に選択肢はない。

もう戻ることは許されないのだ。


「・・・御意に。」



とは言ったものの・・・・
「一体どんな顔をして今更会えばいいというのだ・・?」
手許の指輪をはずしながら呟く。自分から、あの瞳から逃げ出したのに。
ようやくやっとのことで『神官セト』にどうにか戻れたばかりなのに・・。
「・・・・はぁ」
後をついて出てくるのは溜息ばかり。
戻ることも進むことも出来ずに、ただぼんやりと中庭にある泉に佇んでいた。
「このまま・・逃げ出してしまおうか・・・」
熱砂に焦がれて、その身を埋めるのもいいかもしれない・・・。
そうしたらもう一度、あの頃のような夢を見られるだろうか?
「・・砂上の楼閣・・か・・」
側に落ちていた石を掴んで水面に放り込んだ。
綺麗な波紋をつくっては、やがて穏やかに消えていく。
「虚しいな・・・」
自分は何をしたかったのだろう?どうすれば良かった・・?
光を葬り去ることだけが自分の全てだったはず・・・。
「こんなことを考えること自体がそもそも間違ってるんだ・・。」
答えはない。
どんなに犠牲を払っても成し遂げなければならない・・
それが『自分』である証だから・・。


「よう。こんなとこで何してるんだ?」
思いもかけないその言葉に、持っていた石が指から零れ落ちた。
丸く波紋を描いて、水底に吸い込まれていく。
「・・・・っ王子・・」
確かにここは王宮からも近いから、彼がいてもおかしくはないけれど。
「あっあなたこそ、こんな所にどんな御用が・・・」
「今日の大祭、お前も祝詞やるのか?」
いまいち話がかみ合っていないような気もするのだが・・
「・・私は前には出ませんから・・・」
あからさまに口にする者はもういないけれど。
明らかにこの地に住む人々とはかけ離れたその外見。何よりもその青い瞳が。
彼を全てのものから遠ざけた。
「・・・俺はいいと思うがな。白い肌も。その青い瞳も。」
「・・・・!!!!!」
間近にユギの顔が近づく。息をするのが分かるほどに。

「何よりも、綺麗だ。」
柔らかい感触を口唇に感じた。触れ合うだけの優しいキス。
その温もりに自然閉じられた瞳の奥で、セトは自らの為すべきことを心に決めた。

そう―・・・自分の為に。


静まりかえった辺りにただ水音だけが小さくこだまして。
ゆっくりと流れた時間はセトの言葉によって遮られた。
「・・王子・・私と共に来ていただけますか?」
この先の神殿へ――――
視線でそう伝えると、その先に向かって歩き出す。
もう迷いはない。これは、自分が自分で決めたことだから。



「・・どこまで行くんだ?」
不思議そうに訊ねるユギに、静かにセトが言った。
「奥の間です・・・。」

そこに全てがある。決着をつけよう・・・。
過去の因縁に。そして俺とお前の関係にも。
「どうぞこちらへ・・・・」
扉を先にくぐったセトが手招きした。呼ばれるままに奥へと進んでいく。
と、不意に両側から腕を捕まれた。そのまま後ろ手に拘束される。
「・・!!」
何事かとよくよく見れば皆、宮仕えの神官たちで・・。
「これは一体どういうことだ・・?」
前に立つセトに問いかける。
「見て分かりませんか・・?」
そう促されて。薄暗い照明にようやく慣れてきたのか中の様子が徐々に分かるようになってきた。
最奥に祭られた祭壇が、燈された灯りにゆらゆらと映しだされている。
その周りに位置する5人の神官。
「・・・まさか・・」
それが自分の知る限りの伝承のとおりであったなら・・
「私をいれて6人・・・。 そのためにどうしても、あなたの持つこれが必要だったのです・・」
そう言って、王子の首にかけてある千年パズルに手を伸ばす。
「・・やめろっ!これに触るなっ・・!!」
伸ばされた白い腕に掴みかかるような勢いでユギが叫ぶ。
止めなければ。どうしてでも。

その声の辛辣さに、一瞬セトの手が怯んだ。
(まさか・・知っているのか・・?)
「何をしておるか!」
「・・ヘイシーン様・・」
「さっさとはずしてしまえばよいのだ・・!」
言うが早いが、ひったくるような勢いでヘイシーンがユギの首からパズルを奪う。
「・・これが千年パズルか・・・やった・・やったぞ・・・!これで七つのアイテムが揃ったわ!!」
狂気じみたような声で突然笑い出す、その声が辺りに響き渡った。
「やめろっ・・!やめるんだセト!!」
必死の形相で自分に向かって投げつけられる言葉。
やはり・・お前は知っているのか・・・・
「・・・黙らせろ」
けれどもう今更・・・動き出してしまったのだ。止まることはない・・・
セトのその言葉に両腕を拘束している神官の一人がユギの腹を思いきり蹴り上げた。
「・う・・・っ・・」
衝撃にがくりとその膝を床につく。こみ上げてくる嗚咽を無理やりに飲み込んで。
「・・・セ・・ト・・・」
「・・ふ。私の事よりも御自分の身を心配された方がよろしいのでは・・?」
冷たく言い放つと、後ろを振り返ることもなく歩き出す。
「・・愛してる・・・俺は今でもお前を愛してるからな・・!」
身動きのとれない状態でうずくまりながらもユギが叫んだ。
(・・・!まだそんな事を言う余裕があるのかこの男は・・!)
「はははっ・・憐れじゃのう・・・最愛の者に裏切られて・・・今すぐ楽にしてやろうか・・?」
「!・・・ヘイシーン様!・・せっかくですから王子にもこの国の末路を見ていただいてはいかがです?」
この先のことを考えると、今王子を殺されては困るのだ。
「・・ふむ。そうだのう・・いい考えじゃ。儂が王になるのをそこで黙って見ているがいいわ・・!」

『六人の神官を携えて、大いなる力を手に入れる』

そう、伝承のとおり。
向き合った七つのアイテムが互いに共鳴し合い、その場に吹くはずのない風の渦が巻き起こる。
目が眩むほどの光を放つ千年アイテム。
辺りをゆっくりと闇が侵食していく・・。
そのうち、一人の神官が急に苦しみ始めた。
みるみるうちにその身体が炎に包まれていく。
「・・・?!なんだ?一体どうしたのだ?!」
その光景を見て愕然と慌てはじめる神官たち。
その間にも他のアイテムを持っていた神官の一人が炎に包まれていく。
「・・うわぁ!たっ・・助けてくれ・・」
阿鼻叫喚に逃げ惑う者。神に祈る者。けれどその願いが届くはずもなく。
地獄絵図さながらに次々ともがき苦しみながらその場に生き絶えていく。


「・・・・。」
唯一動じないでいる者といえば、自分と・・・王子くらいか。
(やはり・・な。)
自分はどこか、この状況を確信していた。
その強大すぎる力ゆえに、扱いきれる者は少ない。
代償は・・・自らの命。
其れを以ってして、神の怒りを鎮めるのだ。
「・・セト!何とか出来ぬのか・・?お前なら分かるのであろう・・?!」
(無様な・・・)
ヘイシーンまでもが、縋りつきながら半ば錯乱した状態で言う。
このままでは、闇の力の暴走に全てが飲み込まれてしまうことだろう。

「・・・なれば・・・・千年パズルを私に・・・」
受け取ったそれを持って、ユギの前に立つ。
その間にも次々と命が失われていった。
彼を拘束しているはずの神官たちはこれまでの出来事に腰を抜かしてがたがたとその場にうずくまっている。

「・・・セト・・?」

「どうぞ・・」

そう言って、千年パズルを差し出す。
二人の周りを叩きつけるような風が逆巻いた。風圧に押し潰されそうになる。
「・・どうか・・封印を・・・。」
今この場でそれが出来るのは・・

「王よ・・・」

正統な血を受け継いでいるユギだけだ。
そもそもこの力は王のためだけにあった。血の記憶を持たない者には、容赦なく神の怒りが降り注ぐ。だからこそ王宮深くに封印されてきたのだ。
「・・・・」
始めから分かっていた・・。力など何処にもないと。
けれど自らについてまわる過去に。何もせずにはいられなかった・・・
降り積もる砂に埋もれて、今ではもう声さえも思い出せない愛しい人達。
いつか自分も・・・
「・・あなたの国を守りなさい・・王よ・・」
セトからそれを受け取って。
正直ためらった。このままにしておくことは出来ないけれど、もし・・・
もし、目の前のその人の命まで封印してしまったら・・・?
「・・・っ!」
その先を考えるのが怖くて。どうすることも出来ずにただ鎖を握り締めながら呆然とする。
ユギの考えていることが分かって・・・・複雑だった。
こんな事になってまで自分のことを心配してるなんて・・
(お前は本当に・・馬鹿だ・・)
もう・・・いいのに。
この時のために・・利用する目的で近づいたこともお前は知ってるんだろう・・?
そんな者のために・・・全てを犠牲にするなど、あってはならない・・・


「・・・お前の国を守れっ!これは、お前の役目だ!・・・ユギ!」
初めてその名を呼ばれて、弾かれるように顔を上げた。自分を射抜く青い双眸。
瞬間、ものすごい光が辺りに炸裂した。
闇を切り裂くほどの光の群れ。だが、どこか優しい光。
ユギの元から発せられたその光が、辺り一面を包み込んだ。


あまりのことに目を開けていられず、どうにかそれがおさまるのを待って
後ろの、入り口の方から聞きなれた声がした。
「王子!!ご無事ですか・・・?!」
振りかえって見れば、普段から自分のお目付け役であるシモンが、そしてその後ろに身辺警護にあたる近衛兵達。
「・・シモン!ちょうど良かった。後は任せる!」
「えっ・・・王子?!・・ええいっ・・とりあえず、全員捕らえよ!」
シモンの言葉に兵たちが動いた。

この際、他の神官などどうでもいい。
・・いやこの時もっと他のことにも気が付いていたら良かったのかもしれない・・。
「・・セト!!」
駆け寄って抱き起こす。先ほどの光に弾き飛ばされたようだったが命に別状はなさそうだ・・。ほっとして・・その身体を強く抱きしめる。
「・・っ・・王・・子・・?」
気が付いたのか、少し苦しそうにしながら身じろぎする。
「ああ・・すまない・・」
抱きしめる力を緩めてやるけれど・・離したくなかった。
「・・どうなりました・・・?封印は・・王子?」
何も言わずにただ抱きしめてくる腕にセトは困惑した。
「・・王子?」

「・・・・良かった。お前が無事で・・・」
「・・・!!!」
その心からの呟きに何も言えなかった。
このまま時が・・・止まってしまえばいいと。
ふっと気を抜いたその一瞬。
そこにいた誰もが気づかなかった。・・・・向けられた、憎悪の刃の存在に。
「・・終わりじゃ・・・こうなってしまってはもう・・全てが終わりじゃ・・!」
ヘイシーンの手に握られたその切っ先が、彼に向かって放たれるのに


気づいたのは自分だけだった。
「・・・っ王子!」
呼ばれて、あの細い腕のどこにそんな力が・・というほどの勢いで突き飛ばされた。

何が起きたのか、分からなかった。
いや・・・信じたくなかったのだ。目の前で起こっている光景が。
自分を庇って、ゆっくりと力なく崩れ落ちる身体。
まるでスローモーションのように、呆然とその身体を抱きとめて。
突きたてられた鈍く光る刃が、深深とその白い柔肌を貫いていた。
「・・・何故っ・・・・・どうして・・・俺の前に出たりした!」
放たれた切っ先が、静かに、けれど確実に、
その身から命を削りとっていくのが分かった・・・。

「・・・・・セト・・っ・・・!!」

その身を包み込んでいた真白い布が、滴り落ちる鮮血にじんわりと紅く染まっていく。
誰の目から見ても明らかだった。
失血のショックに青白く影を落とすその頬をなでながら
「・・セト・・」
ユギはただひたすら、その名を呼びつづけた。
「・・・・・・」
幾度目かの呼びかけにうっすらとその瞳をあけて、
優しく頬を撫でてくる手に自らの口唇をよせる。
その頬を一筋、透明な雫がすべり落ちた。


嫌いになれればよかった・・・
お前を裏切りつづけた俺のことなんてもう・・・
嫌いになってくれればよかったのに・・・・。
どうでもいい、と。拒絶されても罵られても。たとえこの身を焼かれたって
お前になら・・よかったのに・・・・。


「名は?名はなんと言う?」
初めて自分を見てくれた人。
・・・・嬉しかった。
肌の色とか、髪の色とか。・・・瞳の色とか関係なくて。
みんないなくなって、一人でこの世界に放り出されてから
自分に向けられるのは
畏怖と蔑みと軽蔑だけだった。
この瞳のせいで、化け物と呼ばれたこともあった。
それをお前は好きだと言ったな。綺麗だと。
馬鹿な事を、と笑い飛ばしていた自分。
けれどそれが・・・
けれどそれが『セト』にとってどんなに嬉しかったか・・・
きっとお前には分からないだろうな。


誰かのために生きたかった・・。
「自分」のために・・・お前を守りたかったんだ・・・
「・・ユ・・ギ・・」
最後に・・・・
最後にお前のために生きられて良かった。
幸せだ・・・お前のために生きられたのだから。
だからもう、悲しむなと・・・何か言ってやりたかったのに。
自分にはもう、そう言葉を紡ぐ力さえ残されていなくて・・
ただただ涙を零すことしか出来なかった。

もう一度、優しく触れるその手に口付けをして。
ふっと柔らかく笑みを浮かべて、愛おしそうにその瞳を閉じて・・・
伸ばされていた腕がことりと静かに床に落ちた。
「―――・・・セト・・?」

その声に応えるものは何もなくて。
彼が愛したその青い瞳に、もう2度と彼を写すことはなかった。
「・・・・・!!」



眠るように息が止まっても・・。だんだんと冷たくなっていく身体を抱いていてやることしか出来ない。
もっと早くお前と出会えていたら、こんなことにはならなかったのか・・?



還りたい・・・
あの砂の海へ。
戻りたい・・・
愛しい人たちが待つあの砂の海へ。
けれど。
出来ることなら。

お前といたい。
春を待つあの小さな花のようにお前のことだけ想っていたい。
ずっとお前と・・・・・・・・




You once was a true love of mine・・
あなたはわたしのたったひとつの真実


おわりに。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
2002年に書いていた物なので、今読み返すと色々と設定に無理が・・・orz
ところどころ手直ししておりますが、結局遊戯の呼び名はそのままユギを採用しました。

実はラストどういう形にするかすごく迷って、何度も書き直したのを覚えています。
最後はハッピーエンドが基本なので、死にネタはあまり書かないんですが
このままもしセトが生きていたとしても、王家に対する不敬罪でおそらくは・・・・
とか色々考えた結果ああいう形になりました。
本当に大事な者のためには命を賭けることも厭わない。そんなセトさんが大好きです
真DM設定は本当に美味しすぎた・・・
ファラセトはラブラブなんだけど、悲恋なイメージorz
甘いけど切ない、そんなお話を書けたらいいなと思います〜