Tuёl




月が、赤い――
(不穏な空気がする、な・・)
自室の窓から見上げた月が、今日はどんよりと重く陰っていた。
(血の・・匂い・・?)
雲間から一瞬見える、赤い月。
辺りは混沌とした暗闇に包まれていた。
(大神殿の神官が思うことではないな・・)
その形のいい口元に、自嘲めいた微笑を浮かべながら。
灯されていたロウソクの明かりが、妖しく揺らめいた。




Tuёl




「そこの奴、でてこい」
木々の間に見え隠れする黒い影。
「命乞いするんなら、聞いてやってもいいぞ」
右手に光る短剣が、月の光を反射して赤く煌めいた。
「・・ちっ・・物騒なモン持ってんじゃねぇよ」
「っ!・・お前・・っ」
窓からの侵入者が誰であるか、確認した瞬間
掴まれた右手ごと、その勢いのまま床に叩きつけられる。
カラカラと乾いた音をたてて、短剣が床に転がった。
「っく・・」
その衝撃と、身体の上にある重みに思わず息を詰める。
「・・貴様・・盗賊の・・っ」
「随分な挨拶じゃねぇか」
右手を押さえたつけたまま、もう一方の手でセトの顔の輪郭をたどる。
きつく睨み上げてくる青灰色の瞳を無視して、その首元に指を絡めた。

「このまま締め殺してやろうか・・」

狂気めいた嗤いで、ゆっくりと囁くように、

「・・・・・・」
馬乗りになって床に組み敷いたその細い身体は、
微動だにもせずにただじっとこちらを見つめながら、小さくひとつため息を吐いた。
「・・・やってみるがいい。出来るものならな」
好きにすればいいとでも言わんばかりに、鼻先で軽くあしらわれる。
自分の方が優位なこの状況で、細い首は、力を込めれば容易く奪えそうな程なのに。
見上げてくる瞳は決して何かを諦めたような眼じゃない。
それどころか、挑みかけてくるような。

きっと熱を帯びたら

さぞ、
綺麗なことだろう。


「・・・気ぃが変わった。」
首元から、パッと手を放して、セトの顔を囲う様に両側に手をつく。
もうどこへも、逃げられないように。
「ならばさっさとどいてもらおうか」
いい加減床に押し付けられたままでは、たまったものではない。
「気が変わったって言ったろ」
「?」
「俺は盗賊だからな」
極上の標的を見つけた、獲物を狙う瞳で。

「・・あんたをいただいていく。」
「っ何・・言って・・」
また軽く笑って、受け流そうとするけれど、
合わされた視線の、その奥に燻ぶる焔が。その言葉が本気なのだと思い知る。

冷たい汗がひとすじ、背筋を流れた。
(・・・冗談、じゃない・・)

「だ・・れか・・っ」
覆い被さってきた重みと、その唇に声を奪われる。
「・・っ――!!」
乾いた唇から無遠慮に押し入ってくる舌に、驚きのあまり目を見開いて
それを拒絶するかのように、思いっきり噛みついた。
「痛ってぇ・・・っとに、可愛くねぇなぁ」
「・・貴様に可愛いなどと、思われたくもないわっ」
口中に薄く血の味が広がった。
右手の甲で、ゴシゴシとその血を拭い取る。
床に押し付けられたままの今の体勢では明らかに自分が不利。
どうにか逃れようと、もがいてはみるものの、まったく効果がない。
ならば助けを・・と、呼ぼうと思ったその刹那
「っ!!」
ギリッと首元を左手で掴まれる。


(・・息・・がっ)
声を出すことはおろか、息をすることさえ。
「騒がれると面倒だからなぁ・・あんたにいいモンやるよ」
右手のポケットからごそごそと、小さな小瓶に入った透明の液体。
「ぐっ・・ぅっ」
固く引き結んだ口をこじ開けて、強引に含ませる。
「ほら、飲めって――」
そのまま塞ぐように口づけして・・



「・・!」
吐きだしたいのに。
押さえつけられてるその息苦しさに目尻には涙が浮かんだ。
「っう・・く」
首元を掴まれてた指の力が弱まって、どうにか息をするためには、口に含まされたそれを飲み下すしかなかった。
咽喉の奥をチリチリと焼けるような痛み。
「っ・・・きさ・・ま・・」
息苦しさに肩で息を返す。紡いだ言葉が途切れ途切れ誘うように掠れて。
「・・っは・・ハァ・・」
睨みつけてくる青い双眸が徐々に熱を孕んで潤んでくる。
「ごほっ・・何を・・・っ・・・・・はっぁ・・ふ」
唇からこぼれ落ちる、吐息が甘く。
「んー、貴族のおっさんからガメたやつだから、高級品だぜ?」
悦すぎちまうかもしんねぇけどなぁ・・・そんな下卑た言葉が耳に聞こえて
「っ・・下衆・・が・・」
おそらく悪趣味な、一部の権力者たちが、その行為をただ楽しむためだけに作らせた・・
(・・催淫・・剤)
咽喉の奥から焼け付くようなじっとりとした熱に、身体が火照っていくのがわかる。
(・・こんな、もの・・・・)
広がっていく熱を耐えるように、きつくその両目を閉じて――

「気持ちよくなっちまえって・・」
だが、耳元で囁かれたそんな言葉にすらビクリと、身体が勝手に反応をかえす。
上目遣いに開けられた、上気した目元が壮絶に艶めかしくて。
「へー、結構効くもんなんだなぁ」
「っ!!・・さわ・・るなっ!」
興味本位で髪に触れてくるその手を、バシっと払いのける。
睨みつけてくるその瞳はすでに熱に支配され、熱く潤んでいるというのに。

「ほんと、可愛くねぇ・・」

自分が辛いだけだろうに。
「っや・・」
首筋を唇でたどって、熱を帯びたその肌の感触を楽しむ。
服の上から撫でてくるそのもどかしい手の動きに、たったそれだけの快感にすら。
「――っ!!」
声にならないくらい、きつく閉じた瞳から涙がこぼれ落ちる。
「ふっ・・・っ」
流されてしまえば楽になれる。でもそれをしないその強情さが。
(すげぇ、そそる・・)
右手で抱え上げた足を口で食む。そのまま太腿に舌を這わせると、ビクビクと小さく震えた。
「!!っやめっ・・!」
思わず制止の声が飛んだ。
「いー眺めだな」
両足を無理やり開かれて、下からすべて見られているようなその羞恥に肌が赤く染まる。
あまりの恥ずかしさに、思考がうまくついていかない。
上がり続ける全身の熱で、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「はな・・せっ!この・・っ」
力の入らない手足で、無意味な抵抗を試みる。
嫌がる様に首をふっても、ただボロボロと涙を散らすだけで。
それすらも媚態になってその身を煽るだけだというのに。
「いい加減辛ぇだろ?」
「っだ・・め・・!」
熱くその身を擡げた、自身を握り込まれて、強く。
「やあっ・・っ―――!!!」
出口を求めて彷徨っていた熱は、その直接与えられた刺激に、いとも簡単に絶頂を手放した。
両足を突っ張ったまま、猫のように背を撓らせて、その快感のすべてを吐き出す。


「うっ・・」
ハァハァと全身で息をしながら、ゆっくりと脱力していく身体の。
その先にある秘部に指を滑り込ませる。
「!?」
ビクっと身を竦めて、指が侵してくる慣れない感触に、形のいい眉根を寄せる。
いくらか綻んでいたそこは、濡れた音をたてて、その指を飲み込んだ。
「やめっ・・っ」
入口辺りをゆるゆると刺激され、徐々に広げていく様に、内壁を擦られる。
「やめっ・・ろ!」
慣らすように優しく蠢く指に、一瞬王の姿が脳裏に浮かぶ。
「っ・・!」
きっと、あの薬のせいで幻覚でも見てるんだと。自分が誰かに助けを求めるなんて
「・・・じゃあ、そろそろいただくとすっか」
「っ待・・!」
圧倒的な質量で押し入ってくるその熱に、声にならない声が嗚咽とともにこぼれる。
「うっ・・っ・・」
思わず逃げようと引いたその細い腰を掴んで、一息に最奥まで貫いた。
「っ――――!!」
拒むように腕にたてられた形のいい爪が、その衝撃に赤い痕を作る。
「やっ・・あっああっ!」
繰り返し、がくがくと揺さぶられるその激しい注挿に、頭の奥が甘く痺れていくような。
「ひっ・・ああっ・・くっ」
その場に響く濡れた水音が、さらに自身を追い詰めた。
「っ・・いやっあ・・っ―――!」
繋がった部分から与えられる快感に、弾けた熱をすべてその身に受け止めて、目の前がぼんやりと白く霞んでいく。

「・・っ・・はっ・・っ」
荒い呼吸を吐きながら、自分を抱き締めてくるその手の中に身体を預けて、ゆっくりと目を閉じる。

意識が途切れるその瞬間、見えた表情が
(なんでそんな・・)
こいつは盗賊で、王家の敵であり、自分を辱めようとする憎むべき相手なのに――
(そんな・・・・寂しそうな目・・)
なんて深い、孤独―――






奪いつくしてやる・・あいつの大事なモン全部・・
力なく床に落ちた指先を掬って、その手に口づける。
「・・・・・・・・」
俺だけのものに・・出来たら・・