Tuёl2




腕の中に抱いていた身体が僅かに身じろぎして、固く閉ざされていた瞳がうっすらと開く。
長い睫毛がその肌に深い陰影を作り出していた。
「お、気ぃついたか」
殊更ゆっくりと開かれたその瞳は深紅のごとく赤く艶めいて―――
「・・・・。」
細い指先が辿るようにバクラの頬に触れ、そのままぎゅぅっと横に引っ張った。
「いだだだだ!!・・いきなり何すんだ!!」
力まかせに思いっきり引っ張られてひりひりしているほっぺたをさすりながら言う。
「それはこっちのセリフだ。貴様のせいで背中に傷がついたわ。」
「あー・・・」
若干ばつが悪そうに、ぽりぽりと鼻の頭を掻きながら視線を逸らす。

押し倒したまま、そのまま床の上で行為に及んでしまったため、
その背中には擦り切れた様な傷や、鬱血した痣が見てとれた。
「少しは手加減しろ・・この痴れ者めが」
横目に突き刺さる視線が痛い、が。自分も負けじと言い返す。
「そりゃこっちもだ。思いっきりひっかきやがって・・」
ほら、と言わんばかりに自らの腕に出来た血の滲んだ痕を見せる。
「ふん。・・どうせ、嬉しいのだろうが」
セトにつけられた傷だから、と、目の前にある傷痕をその細い指先でなぞり、舌でぺろっと嘗めた。
「・・血の、味がする」
くすくすと笑いながら、形のいい舌を小さくべっと出してみせた。
気位の高いまるで気紛れな猫のような仕草に、堪らずその唇を塞いだ。
「っ――!」
腕の中に抱きながら、何度も何度も角度を変えてその舌を味わう。
混ざり合った唾液がぴちゃぴちゃと卑猥な音をたてた。
「ふっ・・あ」
ようやく息苦しさから解放されて、触れてくるその手を鬱陶しいとばかりに振り払って
「・・図に乗るな」
冷たい視線を相手に送りながら、その腕から抜け出す。
腰の辺りに纏わりついていた乱れた衣服を直しながら、バクラに背を向ける様にして食台に置いてあったグラスを手に取った。
こくりと一口含んで、のどを潤す。
「・・なー、いい加減諦めてオレ様のモンになっちまえって」
自分を見ようともしない傷痕の残るその背中に。
「戯れ言を言うな」
手に持っていたグラスを戻しながら、こちらを振り向きもせずに答えが返ってくる。
「たーいせつにしてやんのによぉ・・」
まったく取り合ってももらえないその素振りに、口を縦に尖らせながら呟く。
「うるさい、黙れ」
冷たく一瞥くれると、まるで自分の存在など気にならないとでも言うが如く。
シュルっと腰紐に手をかけて、服を脱ぎ始めた。
「えっちょっ???!!待てって、おまっ!!」
「貴様のせいで汗ばんで気持ち悪い。湯浴みをする。」
人の制止の声などお構いなしに、その場にばさりと脱ぎ捨てる。
いくら自分には背中を向けているとはいえ・・・
何よりも欲しいと思うモノが、目の前に一糸纏わぬ姿を平然と晒している。
(これは目の毒すぎる・・!!)
いや、むしろ眼福、というべきであろうか。

頭を抱えこんで身悶えている様子に、さも楽しそうに口元を歪めながら
「我が現し身は相当に美しいらしいな。お前もコレに惚れているのだろう?」
「・・・・・そりゃあ、まぁ・・」
(まぁでも、オレは・・・・)
今目の前にいる、気高さと孤独を纏う、その赤い瞳にこそ余計に囚われている様な気がする。
「・・っうし」
勢いよく立ちあがると、羽織っていた上着を乱暴に投げ捨てる。
「・・?」
ゆっくりとセトに近づきながら、身につけていた物を次々にはずしていく。
それは自らの身を守るための剣さえも。
「湯浴み、すんだろ?・・オレ様も入るぜ」
すぐ側まで近付いて、その細い身体を横抱きに抱え上げる。
「・・っ!!」
バクラの一連の行動に驚いた顔をして、直ぐにまた楽しそうにくすくすと赤い瞳が笑った。
モノ好きな奴だ――と。自分を抱き上げる男の首に両腕を回して。

「・・・好きにしろ」



「さすがにいいモン使ってんなぁ」
「それは全部アレの趣味だ」
今はその香りがお気に入りらしいと、置かれた一つの瓶を指差して。
(アレって・・・王サマのことか・・)
王の元へは、隣国から様々な贈り物が届けられる。政治の話、金の話、戦争の話、それらに相まって。
先王の弟王の子という立場にあって、内政のことに干渉する気はないし、そんな物もどうでもいいのだけれど、
何かと珍しい物があると、必ずと言っていいほど、自分の元へと持ってくるのだ。
そんなアレの今のお気に入りというのが、東洋の国から贈られたという香油である。
「確かにいい匂いすんなぁ」
瓶を手にとって蓋を開ける。そのまま、セトが身を浸している湯の中に数滴垂らした。
鼻をくすぐる様な独特な、芳醇な香りが辺りに漂う。
「貴様には似合わんな」
くすくすと楽しそうに瞳を細めながら微笑う。
「うっせー!」
誘うように伸ばされた手を乱暴に掴んで、同じ湯の中に足を入れる。
そのまま壁際にセトの濡れた身体を押し付けて、吐息のこぼれる唇を塞いだ。
「っ・・ふ」
赤く濡れて艶めいた唇を思うまま吸い上げる。滑り込ませた舌を絡ませてきつく。
「ん・・んっ――」
息継ぎの合間に、飲み込み切れなかった唾液が顎を伝って湯の中に落ちた。
肌を辿ってくる手がバクラの中心にある高ぶりに触れてその細い指先を絡めてくる。
(え?・・ちょ・・)
くすっと悪戯っぽく微笑って、それがどんな気紛れかは知らないが。
「セ・・ト?」
それに顔を寄せ瞳を伏せて、口に咥えこむ。
「・・・くっ・・・ふっ・・」
口に含みながら、上目遣いに見上げてくる熱く潤んだ瞳。
「・・!!」
それだけで自身の熱が一気に上昇するのが分かる。
(うわー・・このアングルはやべぇ・・)
上気した頬を朱に染めながら、絡ませた指と舌で思いっきり煽ってくる。
「んっ・・うっ――」
息苦しさからか目尻には涙が浮かんで、苦しそうに寄せられた眉根が色っぽい。
「っ・・!」
柔らかい栗色の髪を掴んで、たまらずその咽喉奥に熱をぶちまけた。
「!!・・ぐっ・うっ・・・げほっ・」
苦しげに息を繰り返す。吐き出された白濁が口元を伝った。

「・・はっ・・・あんた、王サマにもこんなことしてやんの?」
その言葉にピタリと動きを止め、口元を手で拭いながら起き上がる。
「興が醒めた。やめる」
「え、ちょっ待てって」
ぷいっと向けられた背中から後ろ手を掴む。
さっきまであんなに楽しそうだったのに、何かひどく機嫌を損ねてしまったのだろうか。
こちらを振り返ることも、掴まれた腕を振り払うこともなく、小さな呟きが聞こえた。
「・・・・アレは、私とはそういうことはしない」
アレにとって、私はセトではないんだろう、と。
主人格ではない自分はいつ消えるともわからない存在。なんのためにここに在るのかさえも
自分でも未だ分からない不安にひとりで怯えながら。
「悪ぃ・・」
なんて不安定な危うさ。
そのまま背中ごと、後ろから抱きしめた。
「別、に・・」
青い瞳のセトも、今目の前にいるセトも。
同じ時を有して、互いに同じ想いを抱いても。
知られず、報われない想い――
その肩が、小さく震えたような気がした。
勝気で、他者を圧倒するほどの力を持ちながら、その瞳はどこか寂しげにいつも遠くを見つめて
――赤い瞳には自分を映していないことも分かっていても。

だからこそ、尚更に欲しくなる。
「っ!!なんの・・つもりだ、貴様!」
そのまま壁際に押し付けて、後ろから抱いたまま双丘の奥の固い窄まりに自身を当てがう。
「っやめ・・っ!」
無理やり侵入してくる熱に驚いて、拒絶の声が上がる。
嫌がる身体を押さえつけて、そのまま強引に貫いた。
「っ―――!!」
与えられる衝撃に思わず息を詰める。
「あんたの、いいトコ知りたい。・・全部、教えろよオレに」
「調子っ・・に、乗るなっ!今・・すぐ、抜け!」
「やだね」
その声を遮るように、激しく揺すり上げながら腰を打ちつける。
「っこの・・!・ふっ・・あっ、っっ!!」
上下に揺すられる動きにつられて、湯の表面がバシャバシャと音をたてて跳ね上がる。
上がる蒸気に、甘く痺れていく身体。
「嫌ぁ・・ひっ・ああっ!」
細い腰を抱きながら、最奥に収めたままゆるゆると動かすと、声とは裏腹に悦ぶように締め付けてくる。
「そんな、締めんなよ・・悦すぎちまうだろうが」
「っ違・・う!・・ふっ・・あっ」
不意に、背中の傷痕が目に入る。
(オレがつけた傷痕・・このまま、消えなけりゃいいのに・・)
うっすら血の滲んでいるその痕を舌でなぞる。
「痛・・っ!!うっ・・あああっ!」
たとえ傷が癒えても、痛みだけが甘くその心にずっと残り続ければいいのに――

(王サマには・・ぜってー渡さねぇ・・)