月読




古代神官文字・・
聞けるものにしか分からないその言葉を紡いで、天に祈りを捧げる。
月が遥か空高く、暗闇にその身を照らしていた。




ツクヨミ




「離せっ!俺も父上のそばにっ・・!」
「なりません王子!」
側近であるシモンによって制される。
アクナムカノン王が病に倒れてから、早三日が過ぎようとしていた。
「っ王子!どうされましたかっ」
神殿で祈りを捧げていたセトであったが、王宮からの呼び出しに慌ててきてみれば、
王の部屋に続く道で、王子とシモンが言い争っていた。
「おお来たかセト!・・王子を部屋にお連れしてくれ」
「シモン何故だっ!何故父上にお会い出来ぬ!」
父上が病に倒れられてから、幾度となく面会を試みるもその全てが阻まれた。
問いかけても問いかけても答えは返ってこない。

「シモン・・・っ!」
真実を伝えるわけにはいかなかった・・・。
(今はまだ・・この真実は王子の御身には重すぎるじゃろう・・・・)
この国を守る引き換えに、盗賊村の人々が犠牲になったなどと―――
「伝染る病かもしれませぬ・・・どうかっ・・」


たとえそうであったとしても、一目でいいからお会いしたかった。
「王子・・・私と参りましょう・・さぁ」
セトに促され、ゆっくりと王の寝処に背を向ける。
「シモン様は、王子の御身をご心配されておるのです・・」
どこか釈然としなかったが、心配そうなセトの声に段々と心が落ち着いていく。
セトは、我が父王の弟王の子であり、この国を守る大神殿の神官である。
潜在された魔力は相当なもので、後の六神官は確実と噂されてはいたが
肩書きのある要職には、就かぬままであった。


部屋の前に着くや否や、膝を床に折りうやうやしく一礼をして下がろうとする。
「入らないのか?」
「王子のお部屋に立ち入るなど、恐れ多いことでございます」
視線を床に落としたまま、そうセトが答えた。
「俺の前で、その敬語はよせ」
「お言葉ですが王子、私と貴方では身分が違いすぎます」
ラーの化身、神の御子。
王は現人神、唯一神であり、その事実はいかなる場合でも変わることはない。
下手をすれば、不敬罪で自らの首を落とすことにもなりかねない。
「いいから来い」
強引に王子に腕を取られる。
上体を起こし、引きづられる様にして部屋に招きいれられた。
「っ王子・・!」
「今ここには俺とお前しかいない・・・」
だから遠慮することなんて何もないのに・・・・また、以前の様には笑ってくれないのか?
幼き頃は、共に学び、共に遊び、共に歩んだというのに―――
「・・・・では・・・この場で祈りを奉げさせていただきます・・」
王子の言っている意味は、セトにも理解る。
彼の近しい者は、実際もう殆ど残っていなかった。
母君も幼少に亡くなり、そうして今、父王が倒れた。
会うことも許されず、ただただ、その回復を願うのみ・・・・
「・・・・・・・・・・」
セトの唇から紡がれた言葉が、王子を慰める様に柔らかく、辺りに木霊する。
それに聞き入る様に、王子もまたゆっくりと瞼を閉じた。
月の光がいたわる程に優しく、二人を照らしだす―――




「失礼しますっ王子!」
一時の安息は、息を切らして扉の前に来たのであろう衛兵の声によって遮られた。
「たった今先王・・・アクナムカノン様、ご崩御にてございます・・っ!」
部屋の扉が開かれるよりも早く、その事実だけが伝えられた。





「っっ・・・・わかっ・・た・・・・・・下がれ・・」
力なく、そう返す。
今は他に何も、言葉が出てこなかった。
「・・・セト・・」
何かに縋る様な瞳でゆっくりとその手を伸ばして、その細い体を強く抱きしめる。
「っ・・王・・子・・」
いや、今となってはすでに王であった。
悲しみに震える肩を、優しく擦ってやる。その光景がどこか・・昔を思い起こさせて・・
「―――」
本当に小さくぽつりと、その名を呼んだ。
王の―――
名を。


何かに弾かれる様に、その顔を上げる。
(っ・・しま・・)
自分はなんてことを・・・王の御名を呼ぶなど・・・
気まずそうにその視線を逸らす。このまま手打ちにされてしまってもおかしくなかった。
「セト・・・・・」
「っ・・・大変な、ご無礼を・・・」
どうぞこのまま手打ちに――そう呟きかけたセトを遮って
「いや、いい・・。俺のことをそう呼ぶ者も、もう誰もいなくなってしまった・・・」
お前以外には――
もうこれ以上大切なものを離したくなかった。
どんなことをしてでも。
「セト・・・ここに来い」
言われ、促されたそこは・・・
「我と共に眠れ・・」





(・・・!!っ・・私に・・夜伽をしろ、と言う・・・のか?!)
「っ・・・それが、ご命令とあれば従います・・王よ・・」
どうにか、冷静さを保ちながらそう答える。
「・・命令・・」
一瞬、ビクリとセトが反応した。
「・・ではない。」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす様子が見てとれた。
(・・やはり手放したくない・・)
「セト・・・俺のこと嫌いか」
「?!!なっ・・っ・・・・」
急な問いかけにしどろもどろになる。
コイツは、昔からそうだ。
いつも自信満々で、唯一絶対としてその場に君臨していた
王の中の王。
だが、私といる時だけは少し違っていて年相応の子供の顔をしていたような気がする。
「・・・からかうのは・・お止め下さいファラオ・・・」
「からかってなんかいないぜ?俺はお前が好きだ」
「っ・・・何をっ・・・」
近づいてきた王の手によって抱きあげられる。
地から足が離れたと思ったのも束の間、気づけば寝台に横たえられていた。
上から圧し掛かってくる重み――
「っファラオ・・!」
「セト・・俺の側に来い・・一番、近くに・・」
いまだ抗議の声を上げようとしているその唇を、自らのそれで奪う。
「っ・・!」
声にならない声をそのまま飲み込んで――
熱を煽るだけのための激しいキス。
形のいい唇を味わいながら舌を絡め取る。逃げることは許さずただ執拗に、
「ふっ・・や・・っ」
ようやく解放された息苦しさからか、その目尻には涙が浮かんでいた。
王の手が服の上をたどって、もどかしげに素肌に触れてくる。
その感触に背骨の下の方からじんわりと、言い知れない熱が身体中に拡がった。
「っやめっ・・・嫌ですっファラオ・・!」
今まで感じたこともない様な熱に浮かされる。自分がどうなってしまうのか、正直怖くてしかたなかった。
舌が、首筋のラインを優しくなぞる。
快感に慣らされていないセトは、それすらにも驚くほど敏感に反応を返した。
「あっ・・っ・・・いやっ・・っ」
セトの本来の肌は白い。
白い肌に、青く輝く双眼。
エジプトでは禁忌とされたそれは、普段はセト自身の魔力によって封じ込められている。
その姿を知る者は、本当にごく僅かで――

「セト・・・」
その姿ですら愛しいと思うのに・・・
お前は俺には・・応えてくれないのか・・・
セトの口からは、拒絶の言葉しか聞こえなかった。
「っ・・ファラ・・オ・・?」
身体を走る熱によって上がってしまった呼吸を、何とか整えながら、
急に考え込むように静かになってしまった王を見やる。
(っ―――!なんでそんな・・・)
今にも泣き出しそうな表情で、辛そうにこちらに向けられる瞳。

あの頃と何も変わらない・・のか・・・

お前は・・・・


「っ・・・!・・・・この馬鹿がっ」
そう言って、そのまま王を抱きしめながらギュッと瞳を閉じた。
「セト・・?!」
「貴様は・・・昔からそうだ・・・・・私の心をいつも乱させる・・っ」


そうしてゆっくりと―――
その瞳を開いた。

空の色を吸い込んだ様な、一点の曇りもない、透きとおった青。

肌の色も白く変わっていた。
「・・・セ・・ト・・?」
「お前は私が好きだと言ったが、この姿でも変わらぬと言うか!」
「勿論!」
エジプトでは最大の禁忌とされ忌むべき者である。
だが、一瞬も迷うことなく返される答えに、逆にセトの方が固まってしまう。

「言っただろう好きだって。・・俺はお前のすべてを愛している」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」
よくそんなセリフを抜け抜けと言えたものだと、
そう、思いながら。

「・・・・ならばもういい・・好きにしろ・・」
消え入るように小さく・・そう呟いた。
「セ・・・・・ト・・・・?」
呼ばれた方の当人は、真っ赤になってうつむいてしまった。
「おっ俺は・・・貴様が満足する様なことは何もしてやれんぞ・・!」
「ああ、わかってる・・」
何がわかっているのかと反論したかったが、少し黙れという言葉と共に、与えられた愛撫によって遮られてしまった。



「っ・・あっ・・」
白い素肌を指でツっと撫でると、その感触が堪らないとでも言う様に嫌々と頭を振った。
内腿を柔らかく甘噛みしながらきつく吸うと、白い肌に幾つもの、赤い花びらが咲いた。
「もう・・っ」
そのまま、じんわりと濡れているセト自身を口に含む。
「っ!!!!やっ・・・何をっ」
与えられるあまりの快感の強さに、一瞬目が眩んだ。
「あっ・・・アァっ・・!」
白い咽喉を後ろに大きく反らせて、なんとかその波をやり過ごそうとする。
快楽にもたらされる涙が止まらない。
「・・・もう、はな・・っせっ・・・!」
きつく扱かれる度に、弾けてしまいそうなソレをギリギリの理性が引き留める。
「出していいって・・苦しいだろ?」
「!!誰がっ・・・っ―――――!!!!」
殊更きつく吸い上げられて、あまりの快感に、言おうとした言葉はそのまま絶頂に呑み込まれた。
「っ・・・はぁっ・・は・・」
肩で息をするようにしながら白い胸を上下させる。
「セト・・・」
汗で額に張り付いてしまった髪を優しく梳いてやりながら・・・
「・・悪い・・・・・」
初めてであろうセトを、傷つけてしまうかもしれないその行為に・・
「?っファラ・・オ・・?」
セトの膝を折って、その身を進める。
「!!っ・・!痛っ・・」
先ほどからの愛撫で、いくらか綻んでいたとはいえ・・
(きつ・・)
初めて雄を受け入れるであろうソコは、想像していた以上に狭かった。まるで、すべてをきつく拒むかのように。
「・・!!ぁっ・・」
がくんと、頭を後ろに反らせながら、与えられる衝撃に息を詰めた。
「うっ・・・やぁああっ」
どうにかセトを宥めながら、自身をすべてその身におさめる。
ゆるゆると動かすと、白い肌がビクリと反応を返した。
「っ・・・!!あっ・・」
痛みだけではないと、願いながら・・
内側を抉るように、突き立てる。
繋がっている部分から熱が溶け出していくように、その身を侵食していく。

「!!!・・やっあ・・・・あああ・・・っ!!」
一際高く嬌声を上げると、セトはそのまま意識を手放してしまった。
白い、快楽の渦の中へ。

「・・・・セト――――」
頬を伝う涙を指で掬って、愛おしそうにその髪をなでる。
投げ出された白い身体を強くその腕に抱いて。
このままただずっと抱きしめて、側に置いておけたらどんなにいいか・・・








寝乱れた寝台の上、ようやく意識を取り戻したセトが軽く身じろぎした。
(っ・・痛・・っ)
背筋にかけて走る鈍痛に思わずその奇麗な眉を顰める。
起き上がれない程でもなかったが、相当な痛みを伴うのも確かだった。
「セトっ・・大丈夫か・・・」
心配そうに王が覗き込んでくる。
「お前初めてだったのに、俺がむちゃくちゃしたから・・・」
「ちっ・・ちがっ!断じて違うぞ!」
「でもお前初めてだったろ?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっうるっさいわっ!!」
恥ずかしさからなのか、怒りからなのか、勢いよくその身を起こす。
瞬間、走る激痛にその場にへなへなと倒れ込んでしまう。
(・・・・・っ・・おのれ・・)
「セト・・まだ無理だっ」
(誰のせいだ、誰の!)
内心毒づいて、覗き込んでくる瞳に冷たく一瞥を返す。
睨まれているはずなのだが、痛みに潤んで見上げてくる青い瞳は壮絶な色を放っていた。
「・・・・・頼むから・・まだ帰るな・・」
どさくさ紛れに抱きしめる。
セトはと言えば、痛みで暴れたくないのかされるがままになっていた。
「?!何言ってる!・・神官が神殿におらずしてどうするのだっ!」
「まともに歩けもしないのにどうするつもりだ?」
「・・・っ」

祈りは届かない。
父上は亡くなられた。
俺はお前まで、失いたくない・・
「今は・・側にいてくれ・・」
自信に満ちた王の意思を宿す瞳が、悲しみに陰っていく。
「・・・ファラオ・・」
お前らしくもない・・・・――――
ゆっくりと王に向かって指を伸ばす。そのまま自らの胸に抱きよせて、
「セト?」
「いっ・・今だけだからなっ・・」
耳に聴こえてくる心音が、とても心地よかった。
離してしまわぬ様、強く、白い肌を抱きしめる。
「ありがとう・・」
そのまま二人、ゆっくりと眠りの淵に落ちていった。





古代編設定での王神官です。
王様にとって唯一弱みを見せれるのがセトだけで、セトも自分のすべてを知っているのが王様。
そうであってほしいなぁと。予想以上に長くなってorz
※うちの二人はいとこ同士の幼馴染