月読6




「声、抑えるなよ・・」
「・・っ!」
折角なんだから聞きたいと、口元を覆っていた手を取られ口づけされる。
身を守る服も今はなく、唯一の抵抗であったはずのそれさえも封じられて。
「・・貴様っ・・なんでこんな慣れて・・る・・っ」
自分ですら触れたことのない最奥に、ぬるりと滑り込んでくるその指の動きに翻弄される。
開かれる痛みにはまだ慣れないけれど、優しく傷つけないようにと
気遣うように触れてくるのが分かる。
「なんだ、妬いてるのか」
「だっ誰が、妬くか!!」
きつく睨み上げながら反論する。
「・・おまえは俺だけ知っていれば、それでいい」
「っ!!」
こういう風な時のこいつは本当にずるい。
傲慢で自分勝手で、誰よりも自信に満ちていて
ただ、どうしようもなく。

―――惹かれる。



「ふっ・・あっ!」
足を下から撫で上げられる感触に、背筋がぞわりと震え、肌が粟立つのが分かった。
左右に大きく開かされて、晒されているその羞恥に目を開けていることが出来ない。
「見る・・なっ・・やっ・・ひっあっあああ!」
貫かれた衝撃に仰け反り、大きく見開かれた瞳からは涙がこぼれ落ちた。
与えられる快感を受け止めて、熱に浮かされることくらいしか。
「・・セ・・ト――」
「うっ・・あっああっ」
激しく揺さぶられて、甘い声が反響する。カラカラに乾いた咽喉が悲鳴を上げていた。

自分を貪りつくすこの男はなんなのだろう。
歳はそう変わらなくて、幼い頃の面影も残したままなのに。
(・・違・・う・・・)
その腕に抱かれていると、どこか安心してしまう自分がいることを全力で否定しながら、
(・・俺は・・)
繋がった部分から広がる感覚に背筋が震える。

生まれてくるこの感情は――
なんなのだろうか。


「やあああっ・・!」
繰り返す抽挿が最奥のその部分を擦ると、セトがビクリと反応を返した。
絡みついた内壁がその快感に喜び、きゅぅっと締め付けてくる。
「あっいやっだっ・・っああっあっ!!!」
(ここ・・か・・)
その部分だけを執拗に何度も何度も責め立てる。
その度に絡みついてくる内壁の熱さに自身も煽られて
「おまえの中・・すごい、熱くて気持ちいい・・」
「そっ・・なこと言うな!!馬鹿!!!」
素直にそう口にしただけなのに、耳まで真っ赤にして涙目で睨み上げてくる。
相当に恥ずかしかったらしい。
「おまえって、ほんと・・」
「なんだ!!」
可愛いなどと口にしたらそれこそ憤慨されるかもしれないけれど。
「・・可愛い」
言わずにはいられなかった。
「!!???!!なっ」
上から覆いかぶさる様に唇を塞いで、そのすべてを奪う。
絡めあった指先をそのままシーツに押し付けて、ひと際強く腰を打ちつける。
「っ!!やっあああ!!」
「・・セト・・・・愛してる・・」
耳元で囁かれたその言葉に、驚く様に見開かれた瞳から涙がこぼれ落ちる。
「・・ひっう・・あっぁああ―――――っ!!!」
がくんと背を撓らせて、最奥に放たれた灼熱を受け止める。
流れ込んでくるその熱さに、腰から下が蕩けてしまいそうなほど。
「ふっ・・うっ・・っく」
ただただ、涙が止まらなかった。

寝台に横になりながら、嗚咽を繰り返すその背中をあやす様に撫でてやる。
乱れたシーツの上で満たされた気怠さにまどろみながら、その肌を強く抱きしめる。
「!!!はな・・せっ・・っ!」
惚れた欲目かもしれないが、
背中に回された手が、ぽかぽかと叩いて、抵抗してくる。
自分の腕の中でじたばたともがいてるその仕種さえ、可愛いと思ってしまうのだから

(・・離したくない・・)








ガシャン・・ッ
「っ・・ハァ・・ファラ・・オ?」
「しっ・・・」
何かが壊れる様な、無機質な物音に嫌な予感がする。
手元に忍ばせておいた剣を右手に持ち、セトを抱き起こす。

バァン!
招かれざる来客は部屋の扉を蹴破って侵入してきた。
人数的には6〜7人ほど。身なりからするにおそらく先程食堂で見かけた・・
(嫌な予感、的中というところか・・・)
「俺の部屋に何用か。」
左手でセトを庇うようにして、剣の切っ先を、相手に向ける。
二人でいられる時間を邪魔された上に、部屋にまで押し入られるとは。
ふつふつとこみ上げてくる怒りをどうにか押さえながら、
「・・返答如何によっては叩き斬る」
静かに睨みつける双眸には、恐ろしい程の殺気を孕んでいる。


その迫力に怯んだのか、ようやくひとりの男が口を開いた。
「そうは言ってもこっちもこれが仕事なんでなぁ」
品のなさそうな鼻につく下卑た笑い声。
浅黒く日焼けした肌に体格だけはがっちりとした、いかにも傭兵といった風貌だ。
「お楽しみのところわりぃが、死んでもらうぜぇえ!」
その声を合図に男たちが一斉に襲い掛かる。
各々の凶器を手にしながら、その矛先はただひとり、王だけに向けられていて。
「死ねぁあああ!!」



「退け!!」 
それまで静かにその場を傍観していたセトが口を開いた。
大気を切り裂く様な透き通る、凛とした声で。
「・・セト?」
何か違和感を感じて問いかけるが、返答はなかった。
セトの身体からゆらゆらと青い光が立ちのぼる。
開かれた双眸はさらに青く、逆らうものすべてを射殺す様な強さで。
【石板に宿りし魔獣よ!我が前にその力を示せ!】
大地がその呼びかけに震える。地震かと思わせるほど揺らぎ、
その場に喚び起こされた石板から、魔獣が姿を現した。
鋭い大爪と牙を剥き出しにしながら、流れる様な黒い毛並みは、さながら地獄の番犬とでも言おうか。
大きく開かれた口から、辺り一面に獣の咆哮が響き渡る。
「・・・貴様らの愚行、万死に値するわ!!その命で、贖うがいい!!」
一瞬見せた表情は、狂気に満ちて、その魔力に身を委ね恍惚に歪んでいた。
「!!ダメだ、・・・・セト!!」

「・・うわぁああ化け物がああ」
目にするや否や口々に叫び声を上げながら、大慌てで散り散りになって逃げだしていく。
振り上げられた大爪が壁を砕き、そこら中に木片が飛散した。

「セト!もういいから、・・やめるんだ!」
強く、その名前を呼んで、抱きしめる。
「・・・ファラ・・オ・・」
すぅっと光がおさまって、召喚されていた石板が砕け散った。
それと共に魔獣もその姿を隠す。

『なんだ?いったい何が・・』
騒動に気付いた他の客たちが外で騒ぎ始めている。
(まずいな・・)
ここであまり騒ぎを大きくしたくなかった。
自分の身元がもしばれるようなことがあったとしたら、それこそ大騒動になりかねない。
「セト、このまま王家の谷へ向かおう」
さっきの今で、あまり無理をさせたくはなかったが・・・。
「・・わかった」
鈍い痛みのある重い腰を上げると、先程の情事の名残がどろりと太腿を伝って、その感触に形のいい眉を僅かに顰める。
水で清めながら、すべて洗い流して用意してあった着替えに袖を通した。
裏口に繋いであった自分たちの馬に跨って、急いでその場所を後にする。
ここから王家の谷まではそう遠くはない。だが・・・

さっきの連中は明らかに俺だけを狙っていた。
(・・一体、何が起こっている・・)
今は静かに後ろについてきているセトの、先程の様子も気にかかる。
出来ればこの時間にはあまり行動はしたくなかった。
闇の力が一番強くなる、月さえも姿を隠す暗黒の刻。


(これは、偶然、か――?)